【売済】書評:『生命とは何か [第2版] 複雑系生命科学へ』
もちろん、この本も自分の意思で置かせていただいている。とはいえ、まさか『生命とは何か [第2版] 複雑系生命科学へ』の書評を自分が他人に向けて書くことになろうとは、以前は思いもしなかった。
この本(第1版も含む)が日本における生命科学の研究に、そして過去10-20年内の生命科学専攻の東大生その他に与えた影響は計り知れない。自分もその一人だ。
この本は高校生以上を対象にしているとのことだが、読む時のポイントは、内容を完璧に理解しようとしないことだと思う。物理学者の著者なりに噛み砕いて書いているとはいえ、生命科学の本当の最先端について書かれているから、その本質は非常に深い。2009年出版だが、2021年の今なお未解決である問題が沢山書かれており、読んで納得するよりは強烈に考えさせられる内容である。この本全体を完全に理解している人は、現役の研究者でもごく一部に限られると思う。何となく理解しながら、分かる部分に絞って一文一文じっくりと考えながら読んでみてはどうだろうか。
しかしなぜ、自分がそんなに難しい本を敢えてこの本屋で勧めるのか?なぜならそこには、他には代え難いワクワク感があると信じるからだ。生命という未知だらけのものに対して、斬新かつ地道な物理学のアプローチでどんどん切り込んで、今までに存在しなかった分野をどんどん開拓した本である。そこには、未知のものを切り開くヒントが存分に隠されている。ありふれた自己啓発本によく書かれているぼんやりとした話とは比べ物にならないほど生々しいし、地に足が着いている。
著者が目指すものは、言うなれば、物理学・化学・生命科学の統合である。
物事を「広い視野で、総合的・統合的に考えよう」と、言うだけなら簡単だ。
あなたは、それをどうすれば実行に移せるだろうか?
物理の法則は普遍生命に迫れるか?(東京大学)
余談(順不同):
・ひょっとすると生物を履修している人よりも、物理や化学を履修している高校生の方がこの本に興味を惹かれる場合が多いかもしれない。
・ちなみに芥川賞作家である小説家の円城塔は、著者の金子邦彦さんの研究室OBである。研究者と小説家のどちらになろうか悩んでいる時に、金子さんに「君は小説家が良いんじゃないか」と背中を押してもらったというエピソードがある(ちなみに金子さんは小説家の顔も持っている)。
・自分(Masaya MUKAI)は、2018年に東京大学 教養学部 統合自然科学科を卒業した。この学科は金子さんを中心として既存の複数の学科を統合して作ったものである。直接授業を受けたり話したことがあったが、非常に刺激的だった。
余談中の余談だが、教養学部のこの学科はこれまでに何度か再編されており、半世紀前には基礎科学科という名前だった。その時の著名な卒業生に、2016年ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんがいらっしゃる。受賞対象となったオートファジーの最初の発見も、大隅さんがこの学科で助教授を務めている時になされた。
・この本には、実は続編が出ている(『普遍生物学』(2019年、東京大学出版会))。しかし、書き方がより専門的になっているため、高校生が背伸びして読むにはハードルが高く、勧めるにはこちらの方が適切だと判断した。また、高校生にとっては大きく内容がガラリと変わったわけでもない。
・この本を読んで更に深く知りたくなったら、自分で検索して情報を探してみるのも良いが、もちろん遠慮なくMasaya MUKAIに連絡してきて良い(奄美の中高生限定)。ぜひ、疑問や感想に応えたり、一緒に考えたりしたい。
・近年設立された東京大学の「生物普遍性研究機構」という研究組織のリーダーも、この金子さんである。興味があれば、そちらのHPの情報も参考になるはずだ。