ひとりが好き
私は、私だけの城に住む。
ここはとても綺麗で、誰もいないのです。
過剰な増幅、反復への偏執、ある諦観に関わる11の集積。 / 結月ゆかり - ニコニコ動画 http://www.nicovideo.jp/watch/sm31690555
内向極振り。自閉癖。
まあ内向がどういうものなのかを語るのはこの本に任せた。めっちゃいい本。おすすめ。
休日に外出しないことや、交友関係が希薄であることを心配されたり憐れまれたり貶されたりするけど、言いたいことは分かるが共感できない、なんてときに読むといい本。
自らの「内向型」を理解し、相対的に、彼ら「外向型」を理解できるテキスト。
さて。
ずっとひとりで居たい。ずっとひとりで居られる。延々自分の内で思索をし、対話をし、世界を楽しむことができる。今書いているこれも、自分の内でいつか語ったことを、もしくは今語っているのかもしれないが、それを外へと書き出している。
そう、いつもいろんなことを考えている。考え続けている。そしてそれらを忘れないために、忘れてもいいために、安心して忘れるために、どこかへ書き留める。
そうして書き留めたものを、仕舞っておかないのは、いやもちろん仕舞ってあるものもたくさんあるが、誰かのアウトプットしたものを見るのが好きだからだ。
自室で大地震を迎えたなら本棚に殺され、朝起きて眼鏡を掛けた次にPCの電源を入れ、Chromeのタブはいつだって何枚も開かれていて、しばしばリブログ上限に達して13時を待ち侘び、一人暮らしをするなら大きな図書館の近くがいいと夢想するような人間だ。
だから、私も外へと出す。私が出したものが必要とされる必要はない——もちろん、必要とされたのならば、それは大変に嬉しいことだ——が、私は誰かが出したものを必要としている。ならば、私もその「誰か」のひとりで居るべきだと考える。
たまに、自分と程よく近い他人と、何かについて語らいたい時が訪れることはあるが、ひととき語らう以上の関係を持つことを厭ってしまうので、これはスゴイ・シツレイ。なので、気負う必要のない自分と、語らい続ける。
そして。「自分と程よく近い他人」とは、即ち「未来の自分」と「過去の自分」である。私と私は、時を経て語らう。私が私を必要とする。私は私を必要としている。書き留めたものから私は離れていき、現在から、過去となり、未来へ届く。
他人の私の、程よく近くに居続けたい。だから私は私と語らう。ずっとひとりで居られる。ずっとひとりで居たい。
表紙はGWに撮ったやつ。
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