【エッセイ】そういえば、冷凍庫にくじら羊羹あったよね
痩せたいなら、夜に甘いものは控えた方がいい。そんなことはわかりきっているけれど。
秋のお彼岸に田舎の直売所でおはぎを買って帰ったあとで、お土産にくじら羊羹を貰った。
くじら羊羹というのは、九州の宮崎県宮崎市佐土原町の伝統の和菓子。米粉を蒸して作る餅(求肥)を真ん中にして両側をぐるりとたっぷりの餡子で挟んで蒸して作られる。
お餅を餡子で挟むというあまり見ない形がくじらを見立てたものだそうで、時々お土産にいただくことがある。実は夫の大好物なのだ。
私たちはくじら羊羹をひとつ頂いて、残りは冷凍保存することにした。丁寧にラップで包んで。
あれから10日ほどたち、ちょっと早い夕食を済ませて、思い思いのリラックスタイムを過ごしていた時に思い出したように夫がこういったのだ。
「そういえば、冷凍庫にくじら羊羹あったよね。」
私は立ち上がって冷凍庫からくじら羊羹を取り出し、レンジで解凍して、いい頃合いにお皿に入れて夫に渡した。もちろん自分でも食べた。とても美味しかった。緑茶に合う。優しい甘さだ。
でも、ふと思った。あれ。私いいように使われてないかなって。「そういえば、冷凍庫にくじら羊羹あったよね。」と言って嫁が立ち上がって冷凍の和菓子を解凍してくれて、お茶まで添えて出してくれるなんて、待遇が良すぎるわ。
夫はありがとうも言わず、何事もなかったかのようにくじら羊羹を食べながら、ソファにでんと座ってnetflixでブラックリストというテレビドラマを観ている。ずいぶんと面白いらしく、夜中まで観ていることがあるから、私は寝付けずにゴロゴロする羽目になる。寝室だけ別居でもしようかと真剣に考えているくらいだ。
最近では私もコロナの後遺症でずいぶんと体調が悪く、朝ごはんは座っただけで出てくるように夫を再教育したので、まあこのくらいは許容範囲内かな。洗濯もしてくれるし、ごみも出してくれるし、猫のエサもあげてくれるし。
秋には美味しいものが多いから、考えて食べないと大変なことになるって書いている矢先に、夫は何かをレンジに入れてチンしてきた。何を食べるつもりなんだろう、と覗いてみると。
まさかの追いくじら羊羹だった。ひとつじゃ足りなかったらしい。
「もうひとつちょうだい」と言わないのか、言えないのか、どちらなのか聞きたいけれど、答えがちょっと怖いので聞くのは止めておくことにする。
夫も私も中年クライシスのような危機はなかったけれど、中年太りの危機には直面している。だから、こんな時間に甘いものなんて、食べない方がいいに違いないのだけれど。こんな時間に食べるからこそ、美味しいともいえるかもしれない。
おや、夫は「ブラックリスト」を観るのをやめて「アバター・伝説の少年アン」を観始めた。どうやら今夜も深夜まで観るつもりらしい。
くじら羊羹も早めに消費しないと風味が失われるし、冷蔵庫には梨も出番を待っているし。美味しい秋は罪深い。