秋の雨と黒ゴマのお煎餅
昼間はよく晴れていたのに、仕事から帰るころには雨が降り出した。天気予報通りだった。
私は図書館の本を街中のとある施設で返せると聞いたので立ち寄ってみたのだけれど、予想通り、18時過ぎには閉館していて返却ポストはどうやら室内に設置されているらしかった。
「何時でも返せるんですか?」
本を借りる時に尋ねてみたのだけれど、カウンターの女性は毎週水曜日にしか回収に行かないから返却の日に間に合うようにポストに入れてください、と言うだけだった。後ろに人が並んだので、私はそのまま引き下がった。
淡い望みを抱いて階段を上ってみたけれど、予想通りダメだった。そんなに便利にはできていないよね。
がっかりしたようなそうでもないような気持ちで、ふと思い出してコンビニエンスストアに立ち寄ることにした。
一緒に働いている女性が「美味しいのよ」と教えてくれたファミリーマートの黒ゴマのお煎餅。薄くてぱりぱりして、一枚食べてとても気に入ったので、次に立ち寄った時には絶対に買おうと心に決めていたのだ。
ざぁざぁ雨が降る交差点を水しぶきを上げながら渡ると、靴に水がしみこみ、閉じた傘からも水滴がぼたぼたと落ちた。
秋の雨は恵みの雨。そう思いながら私はお目当てのコンビニエンスストアへ向かって歩いて行った。夜の街へ出かけるサラリーマンや、歩道から見える店内でビールを飲んでいる人たちを横目に、私はずんずんと歩いた。
やっと到着したコンビニエンスストア。自動ドアが開くと、ひんやりとした空気。
私はお目当てのプライベートブランドのお菓子のコーナーへ向かった。黒ゴマのお煎餅、黒ゴマのお煎餅。目を皿のようにして探したけれど、見つからない。
お店に入ってしまったからには仕方がない。私は適当なお菓子を手に、レジに並んだ。向こうのレジでは、若者がエナドリを買っていた。
エナドリというのは、エナジードリンクのことだ。エナジードリンクというのは疲労回復や眠気覚ましのために飲まれるもので、心身の活力を一時的に高めることが目的なのだそう。
私の身近なところでも若者は眠気覚ましにエナドリを飲む習慣があるようで、私は個人的に感心しないけれど、私の息子というわけじゃないので、もちろん口にも態度にも出さない。
初めてエナドリっていう言葉を聞いた時には、何の鳥の話かと思ったけど、最近ではちゃんと会話の中で「エナドリ」を聞き分けることが出来るようになった。
私もかつては若者だったんだけどなぁ。素っ頓狂なことを言って笑われるのは嫌だから黙っておこう。最近ではそんな風に思うことが多くなってきている。
夕方の時間にエナドリを飲むということは、どういうことなんだろう、眠気覚まし?疲労回復?もしかしてダブルワーク?この程度くらいしか想像の翼を広げられない、雨のせいかな。
そんなことを考えながらレジを待っていた。
私の番が来たので、ちらっと後ろを確認した。よしよし、誰もいないぞ。ということで、買う気もなかったお菓子をふたつ、お会計をお願いした。
そして、小さな勇気を振りぼって、レジのお姉さんに尋ねてみた。
「このシリーズで黒ゴマのお煎餅があるでしょ、あれはもうないのかしら。」
伏し目がちだったお姉さんは、私の顔をまっすぐに見て、にこりともせずに「入荷してないですね。」と言ったきり。
私は「そうなの、ありがとう。」と言って会計を済ませ、お店を出た。お姉さん、もう一声欲しい。
一時的な品切れなの?それとももうずっと入荷しないの?それはいいけど、ありがとうございました、の声も聞いてないよ。
忙しかったのかな、疲れていたのかな。彼氏と別れたばかりかな。そんなことを考えながらバス停へ向かって歩いて行った。
バス停の列に並ぶと、意外と早く私が乗るバスがやって来た。乗り込んだらちょうどひとつ席が空いていて座れてよかったとおもったら、意外と運転が荒い。どうやら渋滞で遅れているので急いでいるらしい。
バスに揺られながら、土曜日は夫を会社に送った帰りに本を返しに行こう。黒ゴマのお煎餅は別のお店にも探しに行こう。そんなことを考えていた。そうだ、夫のビールを一口貰おう。奪って飲むビールは格別だ。
あの黒ゴマのお煎餅、ほんとに美味しかったんだよねぇ、夫と一緒に食べたかったなぁ、見つけたら3袋は買おうと思っていたのにね。夫と私とこっそり食べる分と。
家に帰って来たけれど、雨はまだまだ降り続いている。明日の朝には止むという予報だけど、さてこれ如何に。