三つの名を持つ犬／近藤史恵

自身に見合った身の丈の幸福とはどの範囲だと思いますか？自身に見合った以上の幸福を求めると、人は落ちるところまで落ちてゆき、ドン底を味わうのだ。

＜あらすじ＞

外見に恵まれた「都」はモデルなどをしていたが、年齢とともに仕事がなくなってゆく。そんな時に譲渡会で出会ったミックス犬の「エル」を飼いはじめる。

エルとの暮らしを綴ったブログが大人気となり、犬に関する仕事が次々と舞い込むようになった。

そんな中、都の不注意によりエルが事故死してしまう。失意に沈む都は、今の生活を失うことにも恐怖を抱いていたところ、ブログの読者からエルにそっくりの犬を見たとの情報を得る。

ホームレスの飼い犬だったエルに似た犬を誘拐し、「エル」として仕事を続けていくことを選択した都だったが、そこから思わぬ事件に巻き込まれていくのだった。

2代目エルは都に懐かず、飲まず食わずだったが、ササミを与えたところ喜んで食べたので名前を「ササミ」と名付ける。

ようやく信頼関係を築けてきた矢先の出来事。
都と不倫関係にあった「高橋」が都の浮気を疑い（my心の声：不倫しているお前はなんなんだ！と怒りたくなりますね。）、都に暴力を振るうと、ササミは都を守ろうとしたのか、高橋に噛みつき怪我を負わせてしまう。
激昂した高橋は保健所で犬を処分させると怒鳴りちらすと、都はササミを守るため、衝動的に高橋を殺害してしまう。


ササミの飼い主だったホームレスは、エルを追いかける途中に車に轢かれて亡くなっており、ホームレスの事故死と飼い犬の失踪に不信感を抱き始めた「江口」は、詐欺グループの末端人員として働いており、その詐欺グループの幹部たちは都が金蔓になるのでは。と、目をつけはじめる。

＜この本を読んで＞

「ササミ」、都の仕事中は「エル」、そして飼い主だったホームレスに名付けられた「ナナ」と名前を３つ持つ犬を巡るヒューマン小説のようなミステリーです。


はじめの都の章には、多少イライラしてしまいました。後に登場する江口も江口でどうしようもない人生を送っており、またもイライラしがちになりますが、江口の章に入ってからは都に対しても、都に好意を抱いてゆく江口に対しても、だんだん見直せるような展開となっていきます。


どうしても本作では、「人間に振り回されているペット」を読み取れてしまうため、人間の身勝手さが許せなかったり、ササミが可哀想で切なくて仕方がありませんでした。ただ、やっぱりわんちゃんて素晴らしい。飼い主と認めたら、大好きな飼い主を守ろうとするのだから。本当に愛情深い動物だと思います。


罪はどうしても隠せないし、罪の意識からも逃れられない。ただ、本作の結末は、都も江口もササミも救われたように思え、3人（2人と1匹？）の将来に希望を感じた着地のさせ方でした。わたしの気持ちも救われました。「きっともう大丈夫。」読後感はそんな安心感を得られた作品でした。枯れたお花が生き返り、蕾をつけたような、そんな気分を味わいました。

300ページ強、賞味2時間程度でしょうか。先が気になるし、何しろ近藤史恵さんの作品は読みやすいですね。あっという間に完読できました。