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レコードと部屋と彼9 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-

彼の顔を忘れてしまいそう。

それが一番怖い。


3週間の間にたくさんやり取りをしたし、電話もしたけれど、実際に会った回数は2回だけ。

どちらも彼の部屋に泊まったので一緒にいた時間は長かったけれど。


たった2回。


その間に、いろんな表情を見せる人だった。

その時の気分によって顔が違うように見えたから、どれが本当の彼なのか分からない。



タイ料理のレストランで料理を間に会話をしてた時の表情。

考えていることが一緒だと分かった時、無邪気に喜んだ子どもっぽいあの表情。

セックスしてる時に私の顔をじっと見つめる時の見透かすような冷めた表情。

寝起きの無防備な表情。愛しくてたまらなかった。

自分の好きなモノについて語る時の熱っぽい嬉々とした表情。

彼のお気に入りのソファに並んで座って、何も言わずにレコードを聴いていた時の何を考えているのか測りかねる表情。

部屋を出て、バイトに向かう時の「外向き」の表情。


あまりにもたくさんの表情があって。

どれが本当の彼の顔なのか、分からない。


印象的な顔の人ではなかった。

どちらかというと、特徴のない、薄目の顔。私は顔の薄い人の方が好みだから、ドストライクではなかったけれど、愛着のもてる顔だった。



彼が自分で言ってた。

「涼し気な目してるでしょ」

「カッコいいとかって思うわけじゃないけど、自分の目、好きなんだよね。たまに鏡とか見てて、いいなぁって自分で思う」

ほんと、見た目とかでもてそうな感じの人ではない。でも女性との話し方とかコミュニケーションの取り方がちょっと母性本能をくすぐる感じのある人。放っておけなくなる、というか。

だから、きっと、女性関係で不自由したことはないんじゃないかなぁなんて。会ってる時から薄々感じていた。たぶん、そうだったと思うけど。変なところで自分に自信のあるところとか。



部屋の中と外で全然違う印象を与える人だった。

自分の部屋は、彼にとっては城だったんだ。

自分の好きなものに囲まれて、「自分」という砦を守るための、形ある印。

「自分はこういう人間である」という証が形になったようなもの。


もう一度、生き直そうとしているような人だった。

一切の過去を置いてきて。新しい自分になってやり直すかのような。


会ってるときは分からなかったけれど、最後に彼の話を聞いて全てのことに合点がいった。


彼自身も「自分」を探して、構築しようとしている途中だったのだから、彼の本当の顔が私なんかに分かるわけがない。

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