レコードと部屋と彼6 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-
本当に一番最初に、この人、ちょっといいかもと思ったのは、私が好きだと言ったアーティストのことを調べてくれて、こんな有名な人なのに知らなかったと言った時だった。
ちゃんと、相手のことを知って、理解しようとする人なんだ。
それが好印象だった。
その後、彼が自分の好きなアニメを教えてくれた時、私もそれを探して、たまたまYoutubeで見られたので、それを見て彼に感想を伝えた。
彼の好きなものに私が近づいていったことが、嬉しかったのではないかなぁと、思ってる。その後の反応がとても嬉しそうだったから。
好きな映画の話をした時、私が好きな映画を彼はその後見てくれた。実際に会った時に、どのシーンが好きかと聞いたら、私と同じシーンが好きだと答えてくれて、私もすごく嬉しかった。
そういう、小さな共感が積み重なっていった。
私は音楽が好きで、彼も音楽が好き。
好きなジャンルは違うけれど、彼の好きな領域はロックで、私も若い頃はそういう音楽を聴いていたから彼が惹かれるというのは理解できた。
彼のプロフィール欄に書かれていたアーティストで、今まで聞いたことのないアーティストがいた。
ハンバートハンバート
男女2人組のDuo。Forkというのかな。歌とギターが基本の楽曲を作る人たち。ちょっと哀愁を帯びた女性ボーカル。低音の落ち着いた男性ボーカル。二人の声が重なる感じや素朴なギターのサウンドが気に入って、何度も聞いた。
二度目の電話の後。
彼から急に、Instagramを始めたという連絡が来た。
自分の心の中の言葉を文字にしているから恥ずかしいんだけど、と言いながら。自分のInstagramのアカウントを教えてくれた。
私は、Instagramはやっていなくて。
やってみたらいいのに、と言われたことはあったので、これを機会に始めてみようと思った。
自分のアカウントを作って、彼のアカウントを探した。
彼の投稿は、自分の好きなレコードを流しながら、その楽曲とレコードが流れている風景を撮影したもの。
それに対して、彼自身が思っている言葉が添えられていた。
彼の好きな音楽に対する、想いが綴られていた。
「一人で生きてこられたのは、いつも音楽がそこにあったから」
一人で生きてきたのか。
孤独だったんだな。
分かりあえる同志を求めている、のかな。
私は、同志になれるのだろうか。
彼に触発されて、私もInstagramを始めて、最初は花や空の写真を上げていたけれど。
「ダンスの動画はあげないの?」
と言われて。
会う前にダンスの動画をあげるのは、彼に見られて、先入観を持たれたら嫌だから。
と私は言った。
「会うまでは見ないよ」
と言われたけど。
そういうもんでもないかなぁと思ったから、Instagramに踊っている動画をあげるのは彼に一度会ってからにしようと私は決めていた。
どちらにしても、彼に触発されて、始めた。
ちょうど、Instagramが音楽の著作権を取得して、ストーリーズで音楽が使用できるようになったタイミングだった。
ダンス動画をWeb上にあげる時、音楽の著作権が問題になってくる。
一般に配布されている音楽はダンス動画にそのまま使うことができない。
Instagramのストーリーズであれば、会社(Facebook)が著作権を取得してくれているから利用者は著作権を気にすることなく楽曲を動画に使用することができる。
ただし、ストーリーズは15秒の動画しかあげられないこと、24時間で他人からは見られなくなることが条件になる。
それでも、これまで自分のダンスを外にさらしてくることはしなかったから。
彼との出会いを契機に、試してもいいかも、と思えた。
そうやって、私の気持ちを前向きにするような行動を、彼が取ってくれることが。
お互いに触発し合える関係になれるのではないかと、希望を抱かせた。
表現したい、と彼の魂の本質が願っているということが、私にはよく理解できたから。
音楽は昔、アコースティックで弾き語りをしていたって。
最近、エレキギターを買って、レンタルショップの仲間と初めてバンドを組んで、スタジオに入ったと嬉々として話してくれた。
彼が好きな曲を、ドラムとベースにサポートしてもらって。
上手く弾けなかったけれど、それで演奏を止めることもなかったし、楽しくやり切ったという話を聞いて。
正直、結構やるなぁと思った。
音楽活動は私の方が長く、真剣にやってきているけれど。
30歳越えて初めてのことにぶち当たって、自分の技術の未熟さにひるむことなくその場を楽しむって、なかなかできるもんじゃない。
私は今、音楽のセッションに出入りしていて。
行き当たりばったりで対応しなきゃいけない難しさとか、人前で演奏するという気持ちになるまでが難しいということを痛感している。
演奏が上手かろうが下手だろうが。
その演奏自体を楽しめている人は、魅力的に見える。聴いていられる。見ていられる。
彼が初めてスタジオに入って、失敗しながらもその時間を楽しめたということはなかなか度胸のいることで、誰でもできることではない。
私が下北沢のライブバーに出入りしているという話をした時。
彼が職場の人から、「音楽好きならそういうところに出入りして彼女作ればいいのに」と冷やかされたことを話してくれた。
そういう場所に一見さんがいきなり足を運ぶのはとってもハードルが高いこと、私はよく分かる。彼も一人ではどこへ行っていいか分からないし、行きかねていたらしい。
良かったら、私の行っているライブバーのセッションに、一緒に行こうよ。
BLUE HEARTSが好きだって言うから。BLUE HEARTSセッションに行く?と声をかけたら、バイトがなかったら是非行きたいと答えてくれた。
素直な人なんだな、とやり取りをするたびに思った。
そういう、小さな共感の積み重ねから、少しずつ、彼に惹かれていった。
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