レコードと部屋と彼14 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-
レコード一枚分、何も言わずに手を握りあったまま、静かに音楽を聴いていた。
「ながら」ではなく、純粋に音楽を聴いているって、どのくらいぶりだろう。
小さなスピーカーは性能が良くて、低音を良く伝えてくれる。
カネコアヤノのセンシティブでアグレッシブな歌声を聴きながら。
時々、彼が思い出したように、そのレコードについての話をしてくれる。
ジャケット写真の猫は、彼女の飼い猫。
前のアルバムで「猫が飼いたい」っていう内容の歌を歌って、次のアルバム出すときには猫を飼っていた。有言実行。その猫が次のアルバムのジャケットを飾ったわけ。
彼と初めて会った日。成り行きで彼の家に泊まった翌朝。
朝7時ごろ。彼は布団を抜けてソファーに座っていた。
私はよく眠れなくて、何度も起きた。クーラーが効きすぎて寒かったのと、隣に彼がいるので緊張したのと。
何度か彼も起きたみたいで、そのたびに私も起きた。
一度。顔を覗き込まれている瞬間に私も目を開けて、
「うわ、びっくりした」と言われた。起きると思っていなかったんだね。
寝ている時に、彼が足を私の身体にかけてくるのが、嬉しかった。寝ている時も触れていたいと思っていてくれてるんだ。
ソファーに座って携帯を見て。
そのままぼんやりしている彼を、うっすら目を開けながら眺めていた。
彼は片目だけくっきり二重。
寝起きの顔の時にそれが顕著になる。
普段はワックスをつけて髪型を整えているけれど、お風呂上りの無防備な感じが私は好きだった。
私が起きたのを察して、彼が隣にきて、
「おはよう」と言ってキスをした。
眠いわけではなくて、起きてもどうしたらいいのか分からないから、しばらく布団の中でゴロゴロしていた。
彼は私がまだ眠たいのだと思ったのだろう。電気を消してくれた。
30分くらいして起きて、服を着てソファーに座った。
「コーヒー、飲む?」
飲みたい。
アプリの登録写真の中に彼がコーヒーを入れている写真が上がっていたから、コーヒー好きなんだと思っていた。私も、コーヒーは大好き。毎朝、ちゃんとドリップしたコーヒーを飲みたい。
彼が台所でコーヒーを入れる準備を始める。
ソファーで座って待っているのも寂しいし、そっと台所の方に近づいて、壁際から彼が作業をしている様子を眺める。
手際よく、あれこれいろんな準備を進めていく。
コーヒー豆を出して、コーヒーミルで挽く。
やかんに水を入れて火にかける。
粉を受ける袋を冷蔵庫から取り出してセットする。
ミルで挽いた粉を袋に入れる。
沸騰したお湯を粉に注いでいく。ゆっくり、ゆっくりと。
その一連の流れを、一歩引いたところから私は眺めている。
こだわりのある作業の時に、あまりにも近くにいたら邪魔になるかなと遠慮して。
本当は、彼に寄り添いながら、触れられる距離で眺めていたかった。
まだ、手術の傷痕が痛くて。上手く、人に寄り添うことができない。
ふとした拍子にぶつかったりしたら。痛みで悶絶するかも。
本当は、愛しい彼にずっとくっついていたかった。
それができない。
そういう想いを抱えながら、一歩離れて見つめるだけ。
彼が淹れてくれたコーヒーを飲みながら。
ソファーに二人腰かけてレコードを聴いた。
彼は今日、午後からバイト。それまで午前中はゆっくりできる、と。
少しでも彼との距離を縮めたくて、身体を寄せて隣に座る。
コーヒーのカップを両手で抱え、コーヒーを飲んでいない時は頭を彼の肩にもたせかける。
コーヒーを飲み終わって。
彼がレコードをかけ替えた後。手を繋いだ。そのまま、何も言わずにレコードの表面が終わるのをただ静かに聴いていた。
表面が終わったら彼が立ち上がり、裏面にかえしてレコードを再生する。
私は彼の隣に座って、彼が何を考えているのだろうと思いを馳せる。
一夜明けて。気持ちは冷めたのだろうか。この先もまた会いたいって思ってくれているのだろうか。
何を考えているの?
「ぼーっとしてた」とはぐらかす、彼。
そんなわけない。情事の後、また二人きりでいるのだから。何か考えているはず。昨夜のこと、今のこと、これからのこと。
こんなに長く、しゃべらないで人と一緒にいたのは初めてだった。
相手が何を考えているのか、気にはなるけれど、居心地の悪くない時間だった。隣に彼の温もりを感じながら。ただ寄り添っていた。
昨夜、2回目のセックスをした時、戯れに彼は
「明日の朝ももう一回するから」
と言っていた。するのかな。しないでさよならするのかな。
お互い、そういうことには触れずに、ただ隣にいるだけ。手を握り合ったり、肩を寄せ合ったりして。
我慢ができなくなったのは、私の方。
3回目のセックスは私から求めた。彼のお気に入りのソファの上で。
このソファで彼とセックスした人は、他にいるのかな。
そんなことを考えた。
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