M-1グランプリで台頭しない女性たち
今年のM−1グランプリのシーズンが始まった。
その決勝進出者の発表の中で、「M-1(の決勝)に女性がいないのは女性差別ではないか」という問題提起があった。
同様の視点から女芸人の批評をしていた記事もいくつか見られたが、中には人名の漢字が間違っているものがあった。
まず記事を書くに当たり、人の名前を間違えるのは失礼極まりない。姓は「家」の象徴であるし、名はその人を示すアイデンティティである。
例えば、「イトウ」さんの表記1つでも伊藤、井藤、伊東…など何種類もあるし、
「ミカ」さん1つでも美香、美佳、実花…などがある。
同じ「イトウ ミカ」さんでも「伊藤美香」さんと「伊東実花」さんは別人である。
渡邉→渡辺、濵田・濱田→浜田など、画数が多い字を異体字や新字にするのは許容範囲だと思うが、明らかに漢字が違うのは読む気が失せるのでやめてほしい。
※以下、個人名・グループ名ともに敬称略
「THE W」は箔としては安っぽい
最近決勝が終わった「THE W」のエントリー条件は「女性芸人」であることだけである。
そこに芸歴やグループの形態、ネタの形式は問わない。
要するに「女性芸人であればなんでもあり」である。
THE Wは、女性に脚光を浴びせるのが目的なのだろう。
M-1やKOCなどに比べて全てが安っぽいのである。
審査員も交代すべき
THE Wの審査員を見てみると、島田紳助や松本人志、上沼恵美子といった芸人界で影響力の強い審査員はほぼいない。
中堅〜ベテランに片足突っ込んだ方々に絞ったとしても、M-1の漫才協会会長(ナイツ塙)やサンド富澤、R-1の小藪や陣内、KOCの歴代チャンプなどは現役の視点から、ネタの作り方のアドバイスという点で審査の評価は高くなると思う。
それと比べたら、THE Wは審査員の選定に疑問符が残る。
「女性の大会」と謳っているにもかかわらず、女性芸人という当事者目線があまりにも少なすぎる。
今後を考えると、「THE Wから世界進出」を謳って渡辺直美みたいにワールドワイドな人が審査員をするのもまた面白いだろう。
あとは、2丁拳銃の人の嫁さんみたいな審査員がいたら面白いとは思う。確か元プロだったはず。
もし男性を選出するとしても、今の審査員ではなんとなく物足りなさを感じる。
島田紳助や松本人志のような大御所、志らくのように変わり種も評価する視野の広さ、「チャンピオン」などの肩書…どこをとっても不足しているし、女性芸人のネタを客観的に観察しているなどの経験も不足しているように思う。
例えば、女芸人評論を日頃から行っている新道竜巳(馬鹿よ貴方は)であれば、日頃から女性芸人の芸風を分析していることもあって、審査に深みが出るのではないか。
ここ数年のM-1は不調で、1回戦で敗退してたこともあったが、賞レースの戦歴はTHE MANZAIとM-1のファイナリスト経験者と申し分ない。
決勝に大会への本気を感じない
次に過去の決勝のメンツを見ていこう。
M−1・KOCは言わずもがな優勝者を筆頭に、決勝進出者も初年度から現在までハイレベルな面々が多い。
「夢がない」でおなじみのR-1ですらバカリズムのような実力派のピン芸人が決勝に出ているし、なだぎ武(優勝当時)や粗品みたいに普段グループで活動している芸人がピンになって優勝している。
それに比べてTHE Wはなんとも選出基準に疑問が残る面々が多い。
正直、他の賞レースだと3回戦に届くかどうかのレベルだろう人たちや誰も知らないようなアマチュアが当たり前のようにちょこちょこ決勝に出ているのはどうなのだろう。
アマチュアで大きな賞レースの決勝に残った事例は2006年のM-1で「史上最強のアマチュア」と言われた変ホ長調が唯一のケースである。
けれども、審査員の一人であった松本人志があまり良く思っておらず、「話題性で上げた」「素人漫才のオーソドックス」「75点でも甘い」と酷評していたのは有名な話。
もちろん「変ホ長調に罪はない」のは前提の話であるが。
でも彼女たちはまだそれなりの実力はあると思う。
R-1で準決勝(小田のみ)、2019年のM-1で準々決勝にまで進出したし、THE Wは出た回はすべて準決勝以上とそれなりの結果を残している。
でも他の優勝者やファイナリストは他の賞レースで戦えるかと言われたら、それに当てはまるのは片手で足りるくらいだと思う。
唯一本気度を感じたのはゆりやんレトリィバァの優勝くらいである。
ただ他の優勝者に関しては、大型賞レースの決勝には絶対に出れないクオリティのネタも多々見受けられるし、特に吉本所属の優勝者は明らかに過去の戦歴に見合ったように思えず、THE Wで優勝させてゴリ推してやろうという魂胆が丸見えである。あえて誰とは言わないけど、私はざっと2組くらい思い浮かぶ。
そういう点でも、他の大型賞レースに比べてやはりランクは数段下がる。
「女」であることは武器にならない
他の大会に行ってみよう。
M-1やKOCは上げると切りがない。
R-1で一番衝撃を受けたのは「盲目の漫談家」こと濱田祐太郎だった。
センターマイクの真ん前で片手にハイテンポな関西弁で経験談を延々と喋っていく一見オーソドックスな漫談である。
表情も立ち位置も最初から最後までほとんど変わらない。
たった1つ、彼の特徴としては視覚障害者で、白杖を持って漫談をしていること。
それ以外はどこにでもいる普通の兄ちゃんである。
けれども、普通の兄ちゃんのオーソドックスな漫談という印象はガラリと変わった。
「吉本に入ったら目だけでなくて自分の将来も見えなくなった」というつかみだけで優勝するのではないかという雰囲気に持っていった。
その後も「見えない」ことをバンバンネタにして、みるみるうちに会場を自分の世界に引き込んで、ホームにしていく。
漫談の力、というより彼のトーク力の高さ、滑舌の良さ、歯切れの良さ、どれを取っても満点である。
ネタ自体は「エピソードトーク」を広げたものだし、「視覚障害あるある」である。
でも、彼の漫談のネタの1つ1つが「目が見えないという個性」が産んだおもしろエピソードであり、それをどんどん面白く広げていく力もまた個性である。
ハンデを笑いに変えるのは難しいことではあると思う。
乙武さんが「障害は個性」と言って、Twitterで手足がないことをネタにしたものを投稿していたが、それをもっとお笑い方向にベクトルを向けたものが濱田祐太郎のネタであると思う。
NHKのバリバラを超ハイレベルにした感じ。
これはハンディキャップだけでなく、外国人や外国ハーフなどのルーツ、双子などの珍しい家族構成、ルックスや過去の経歴をネタにするなど、「そのグループ(もしくはピン)が持っている大きな武器」がある人間は強いと思う。
ザ・たっち、ダイタク、超新塾(アイク加入後)、厚切りジェイソン…この人たちは自分たちの持っている武器を存分に利用していると思う。
特に珍しいコンビ関係で言うと、いとこ同士のなすなかにしや、4歳差のおじと甥っ子であるヒカリゴケ(解散)もいる。
彼らは自身を「個性」「特徴」と捉え、ネタに昇華しているから面白い。
ではこれを「女」とか「母親」とかをネタにするとしても、なんの面白みも感じない。
上記のような比較的珍しいバックグラウンドと違って誰もが見たことあるネタになんの珍しさも感じないからである。
人類の半分は女だから、上記のような「あるある」は作ったところで、みんな知ってることだから「おぉ〜」とはならない。
やはり、男性芸人同様に何か1つ抜きん出る技能がないと、M-1やKOC、R-1などの土俵で戦っていくことは難しいと思う。
友近やゆりやんレトリィバァといった実力派のピン芸人は自分と同世代、同性以外の人にもなりきることができる。
特にゆりやんは女の恥じらいをかなぐり捨てるようなネタもたまに行う。
そして、柳原可奈子や横澤夏子は「観察眼」に優れ、森三中やガンバレルーヤは身体を張って笑いを取るのが上手い。
THE Wなんぞに甘えずに、男性に混じってM-1やKOCの決勝に残る人たちこそ本来の実力に近い評価を得ているように見える。
南キャンのしずちゃんは独特の低音ボイスから出る毒舌で印象を残してM-1で準優勝した。
早くから人気を得ながらもM−1の決勝に何度も残り、持ち前のトーク力や切り返しでお茶の間に浸透し円満移籍したハリセンボン。
一度見たら忘れられないルックスとプロレス上がりのハートで相方を操る安藤なつ(メイプル超合金)。
結成わずか2年で完成度の高い「餅つき」のネタを仕上げてきたヨネダ2000。
あたりも個人的には印象に残る女性ファイナリストである。
ヨネダ2000はネタの粗さがあったが、誠(小柄な方)の声の通りの良さと独特の抑揚がネタのスパイスになっていると思う。講釈師の一龍斎貞鏡もだが、女性の力強く声の通りの良い口調は印象に残る。
KOCだと、宮崎訛りの素朴かつ淡々とした話し方をしつつ、コンビのブレーンとして中野を操るイワクラ(蛙亭)は作家としてもプレイヤーとしても折り紙つきの実力だと思う。
そしてR-1王者のゆりやんレトリィバァの実力は本物だと思う。
当時確か芸歴10年以下という縛りはあったものの、芸歴縛りがなくても優勝争いに何度となく食い込んできた実力派でもある。
先述した濱田祐太郎とも優勝争いをしている。
彼女の頭の回転の速さ、技術の高さ、一方で全力でおバカをやる姿勢、謙虚な話しぶり、芸も人柄も「質が高い」だと思う。
美容にうつつを抜かす芸人たち
ある程度の知名度を積んで、「芸人をやめる」選択をする女性芸人も何人か見られる。
その中で最近流行りなのが「転身」である。
ある程度知名度を上げてからサラッと芸人からイメージチェンジをする人たちがいる。
男性だと夢屋まさるがテレビ局の裏方スタッフになったことが一時期話題に上がったが、それとはちょっと毛色が違う気がする。
彼は若かったから就活の一環で芸人活動をしていたと言われてもまだ頷ける。学生芸人たちも然りである。
別に芸人が俳優になる例は男性だってある。
元雨上がり宮迫、ドラドラ塚地、元キンコメ今野、我が家坪倉…
彼らはもちろん、芸人としてある程度お茶の間に顔を売ってネームバリューを残して実績を上げてから俳優として出ている。
コント師は自分の役に憑依してネタをするから、分野は違えど演技という点では共通している。
だから、コント師はドラマで重宝されることが多い。
宮迫や塚地は言わずもがなコント番組で知名度も高く、演技も一級品である。
今野に関しては俳優として重宝されてきた頃に、例の事件でコンビ活動が続けられなくなったという特殊な事情があるにしろ、個性派俳優として高く評価されている。
我が家はあの状態だが、元は賞レースで準決勝に何度も出てたし、三者三様の切り返しやいじり方もあって、バラエティ適性も高かったと思う。
また坪倉も含め、3人とも元々俳優志望で養成所に通っていたこともあり、演技の基礎知識も持っているだろう。
同世代・同事務所で似たような時期にブレイク・共演していた仲良しのロッチとどこで差がついたかはお察ししなきゃいけないのは残念だが、実力はあると思う。
じゃあ変に転身した誰かさんたちはどうか。
そもそも、宮迫や塚地みたいにある程度お茶の間に浸透していたのかも疑問符が残る方もいるし、むしろ転身したことによって迷走して需要が激減してるではないか。
あとは誰とは言わないが現役の女性芸人で目の整形をしたことをネタにする人が何人もいる。
約1年の活動休止中にダイエットや整形で「かわいくなった」と話題になった方もいる。
ルッキズムが批判され、ブスと言われることがはばかられてるのに、整形をネタにするのはふさわしくない。これもルッキズムの害ではないか。韓国の女たちを見ればわかるが、整形したらみんな金太郎飴みたいに同じ顔ではないか。
本職・お笑い芸人(一応)が美容や整形にうつつを抜かして、本業で爪痕すら残せない女性たちを見て、正直な話こういう人たちが女性が賞レースに弱いと言われる原因ではなかろうかとも感じる。
美を磨く前にネタを磨けよ。
大きい賞レースで女性はほぼ勝てないのを見かねて「THE W」ができたというのに、そもそものレベルが及第点に達していないのに、更にうつつを抜かす。
なるほど、そりゃM-1やR-1、KOCでなかなか勝てないわけだ。
結論
ぐちゃぐちゃ書いてきたが、正直お笑いにも面白さにも男も女も関係ない。お笑いのネタをするのに、スポーツみたいに男女の体力差が必要あるのか。
養成所でも男女別でやっているわけではなかろうに、男女差が顕著に出るわけがない。
芸人が女性だから面白くないとか、審査員が女性差別をしているとかそういうのではないと思う。
なんなら、ほとんどの女性芸人が「女性」というところにあぐらをかいているように見えるから面白くないのである。
そこにあぐらをかかなければ、男女混合の賞レースでチャンピオンも夢ではないと思う。
R-1だけではなく、M-1やKOCも、だ。