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【小説】ながれ星の母港
町外れの小高い丘の上に、一軒の屋敷がある。
ミーティアポート・ハウスという名を持つその屋敷は、町の人からはこっそり「骨董屋敷」と呼ばれていた。町に建ち並ぶ、量産された直線的なシルエットの家々とは全く異質な、歴史の教科書に載っていそうな風格。しかも、そんな古風な屋敷に相応しく「ハウスメイド」まで雇っているという。このような屋敷が現役だった十九世紀ならともかく、ありとあらゆる仕事が機械化され、掃除も洗濯も人間がする仕事ではなくなった今、メイドなどまず他では見かけない。骨董屋敷を囲む重厚な煉瓦塀の内側だけ、時代から取り残されているかのように見えた。
そんな「いまどき珍しい」メイド長の朝は、毎日きっかり七時五十五分に裏門をくぐるところから始まる。
裏門から続く細い道は庭を抜け、通用口へと続く。素朴な木製のドアにある鍵穴に、アンティークのような小さな銀の鍵を差し込み、ドアノブをひねる。通用口から入ってすぐにある台所……ではなく、台所の片隅にある白いドアを抜けた先が、彼女の「仕事場」だ。
その「仕事場」には、最新の高性能コンピュータ、モニター、計器、通信機の類がひしめき合っていた。
身支度を整えたメイド長は、慣れた様子でメインモニターの前に座る。きっちりと襟の閉まった濃紺のワンピースに、くるぶしまで届くスカート、真っ白のエプロンドレス、そして纏めた金髪の上にはホワイトブリム。紛れもなく、数世紀前の伝統的なメイドのお仕着せである。
彼女は通用口を開けた銀の鍵を決められた位置に入れ、軽くモニター脇のパネルに触れる。鍵のICを読み取ったコンピュータが微かな音を立てて動き出した。
《おはようございます。お名前をどうぞ》
「リオン・ラントカルテ」
《管理者名、認証。声紋、指紋、掌紋、虹彩、登録と一致。セーフモードを解除します》
滑らかな合成音声と同時に、全てのモニターが一斉に起動する。リオンは手早く画面を操作しながら全ての情報に目を通していった。帰宅してから今までの新着メッセージ、セキュリティ情報、屋敷中の自動清掃ロボットの稼働状況、待機中の全ての機械の自動メンテナンス結果など、確認する情報は山ほどある。何せ、この広い屋敷に、人間の使用人はリオンただ一人なのだ。彼女の仕事はメイドとしての家事そのものではなく、家事を行うメイド(の役割を担うそれぞれのロボット)たちを統率する「メイド長」であり、機械のメンテナンスやプログラムの修正、AIで構築されているネットワークの調整を行う「技師」でもある。
AI秘書が組み立てた今日の主人の予定を確認し、リオンは時計に目をやる。八時四十七分。彼女は席を立ち、部屋を出た。台所には既に、食事の乗った銀のワゴンが用意されている。食堂のカトラリーの用意も目の端で確認して通りすぎ、彼女は手ぶらのまま階段を上がる。
それにしても。
(いつも思うけど、この衣装、何も持たなくても動きにくいのよね。長いスカートだし、なんかヒラヒラついてるし。昔の人はこの格好で食事運んだり、手で掃除してたりしたなんて。効率悪すぎない?)
この「メイド長」の仕事にも、仕事の一環であるメイド服にも、不満はない。不満ではないが、純粋に疑問だ。
階段を上がりきり、二階の廊下を暫く進む。大きな扉の前で立ち止まり、ノッカーを鳴らした。
「ご主人様、失礼致します」
応えはなかった。しかし、これはいつものこと。リオンは構わず扉を開け、部屋へと足を踏み入れた。
広々としたその部屋は、リオンの「主人」の仕事部屋だ。入ってまず目に飛び込んでくるのは、広い部屋が広く感じないほど大きなモニターのついたコンピュータ。そして部屋のど真ん中に鎮座した作業机の上も周りも、金属の破片、プラスチックの塊、筒状に丸められたゴムシート、素人目にはよく分からない材質の板など、とにかくたくさんの部品で足の踏み場もないほど埋め尽くされていた。散らかされたものを踏まないよう器用に避けながら、リオンは作業机に歩み寄る。
「ご主人様。お食事のお時間です」
「……ああ」
作業机脇のモニターの陰から声がした。いや、より正確に言えば、部品の山に埋もれながらモニターにかじりつく焦茶色の頭が返事をした。尤も、どう聞いても生返事で、食事を取るどころか作業の手を止める気配すらない。
この「焦茶色の頭」の人物がこの屋敷のであり、リオンの「ご主人様」である。
どうせ「古風で立派な骨董屋敷に引きこもっている主」というなら、どこぞの王家の末裔のような高貴でミステリアスな美人か、もしくはその屋敷と同じだけ生きていそうな老人とかなら絵になるのに。彼はそのどちらでもなかった。名前はアルタイル・セイガ・テヤン。大学まで飛び級で卒業している十七歳。リオンよりも十歳ほど年下だが、一応「ご主人様」である。
尤も、実年齢よりさらに幼く見える顔立ちに細い体躯、そしてその身なりも相俟って、初めて会った人にはまず「この屋敷の主」とは思われないだろう。
彼は、自分の身なりに全く関心がないようだった。最低限清潔にしているが、それだけ。着る服を考える暇も惜しいどころか、焦茶色の髪はぼさぼさで、しばらく櫛も通されていない。前髪だけ顔にかからないように無造作に括っているのも、余計に子供っぽく見える。いつでも上下繋ぎの作業着で、ズボンの裾を安全靴に突っ込み、不潔でこそないが綺麗でもない。襟とか袖口とかもうよれよれだし。リオンの元同僚に言わせれば「素材は良いのに勿体ない」そうで、顔だって悪くないし、背は低いけどほっそりとしてかわいらしい少年と言えないこともない。焦茶色の髪も、きちんととかして整えれば母親譲りの艶のある巻き毛になる筈だ。
彼にとっては、服や身なりは「立派な屋敷に合わせるもの」ではなく「自分の仕事がつつがなく進むためのもの」なのだろう。それはリオンにも理解できるし、別に構わない。ただ、仕事中の自室はともかく、来客時くらいはもう少し整えてもらいたいものだけれど。
そして、彼の関心が向かないのは、身なりだけではなかった。
「ご主人様。お食事のご用意ができました」
リオンはもう一度繰り返す。「ご主人様」はやはり目を上げもせず、面倒臭そうに返事をした。
「分かった」
「それではどうぞ食堂へおいでくださいませ」
「今いいところだ。後で行く」
「承知致しました。それでは、それまでこちらでお待ちしております」
やっと顔を上げたと思ったら、彼は力一杯のしかめっ面をしてリオンを見上げた。
「……冗談じゃない。待っていなくていいから、他の仕事でもしていてくれ」
ご主人様のしかめっ面を涼しい顔で受け止めて、メイド長は即座に切り返す。
「現在、他に急ぎの用事はございませんので、ご主人様のお食事が最優先の私の仕事です」
「後でいいと言っているだろう。今すぐでないと餓死するわけでもない」
「その「後で」をお待ちしていると本当に餓えるまでいらっしゃらないからこうしているんです」
なにしろ、家族が全員出払っているのを良いことに作業に没頭し、丸二日間ほど絶食&徹夜した前科持ちだ。
「尤も、午後までお待ちしても私の本日の業務に支障はございませんのでご安心ください。どうぞ心ゆくまでお仕事をお続けください」
メイドらしくやわらかな笑顔のリオンに、彼は溜め息をついて重い腰を上げた。
「あら、もうよろしいのですか?」
「こんなので集中できるか。集中できなきゃ仕事にならない。まったく、面倒だ」
ぶつぶつと言いながら部屋を出て、階段を下る。斜め後ろに付き従うメイドをちらりと見て、ついでのように呟いた。
「……また母に告げ口されてもさらに面倒だしな」
リオンは軽く肩を竦め、にこやかに受け流す。
「ご安心くださいませ。業務報告の定型文にわざわざ付け加えるようなことは致しませんので」
言った通り、余程のことがなければ「業務報告の定型文にわざわざ付け加え」はしない。しないけれど、睡眠時間や食事時間・内容の自動記録も一緒に送るから、結局全部バレるんだよね。
定期の業務報告は四十八時間に一度、メイドの仕事場に引かれた特別回線を使う。送り先はアルタイルの母、ノヴァ・テヤン。そちらがリオンの雇い主であり、ついでに元上司でもあり、彼女こそが「本当のご主人様」とも言えるかも知れない。自分が家を離れるからってメイドひとり雇うというのは、ちょっと過保護ではという気もするけれど、まあ、目を離すと文字通り寝食を忘れる息子じゃ仕方ないのかも。
報告を送ったリオンは、脇のテーブルに置いたランチボックスを開けた。ご主人様の昼食もなんとか食べさせた後、お茶の時間までの約三時間のあいだに、彼女も昼休みを取っている。三時間まるまる休めるわけではないけれど、主人から呼ばれることは少ないし、休憩時間に人間が直接対処しなければならない問題はほぼ起こらない。
骨董屋敷などというのは外観のみで、この屋敷は若き天才技師アルタイル・セイガ・テヤンが作った機械の体に、稀代の天才開発者ノヴァ・テヤンが組み込んだプログラムと学習能力を持った「メイド」や「使用人」ならたくさんいるのだ。掃除も洗濯も料理も、カトラリーの手入れと用意も、外から来た連絡の優先度決定やスケジューリングも全てそれぞれの担当がやってくれる。人間であるリオンがやる仕事は、それらの総監督と、主人アルタイルの身の回りの僅かなことだけ。楽な仕事と言えないこともない。
と、ピピッと軽い着信音が聞こえた。定期連絡に返信? しかも音声通話? そんな珍しいこと……と訝しみながら、食べかけのサンドイッチを置いてその通話を受信する。画面に映し出されたのは、リオンと同じ年頃の金髪の女性だった。
「やっほー、リオン、久し振り! おお、だいぶメイド姿も板についてきてるじゃない?」
「ヴィネラ、これ、特別回線よ?」
思わず眉をひそめるリオンに、画面の向こうの彼女はけらけらと笑った。
「お堅いこと言わないでよぉ。いいじゃない、タダなんだし。普通に惑星間通話かけようと思ったらアホみたいな通信料取られるのよ」
「そりゃそうだけど。そっち、今太陽系の外なんでしょ」
「んー、そうね。詳しくは言えないけど」
ヴィネラが所属する、そしてリオンも一年ほど前まで所属していたノヴァ・テヤンの研究室は、他のいくつかの研究室と共同の大きなプロジェクトに参加していて、今は研究室まるごと宇宙基地に引っ越して地球を離れている。帰ってくるのは数年後。リオンも、憧れだったノヴァについて研究を続けたい気持ちもあった。けれど、地球に残りたい事情もあって、そんなこんなで迷っている時にノヴァから「家の管理とメンテナンスの仕事」を提案されたのだった。研究職ではないけれど個人的にノヴァの下で働ける、しかも信頼して任された仕事ということで、リオンは二つ返事で受けたのだった。
プログラマーとしても開発研究者としても超優秀で、四半世紀以上もの長きにわたり第一線で活躍し続けている元上司の、アンティークのお屋敷にメイド服という意外とかわいらしい趣味は、この仕事を受けてから初めて知った。
「で、何の用事? テヤン教授は?」
「室長は仮眠中、あたしは計器チェック当番。特にこれと言った用事もないけど、そっちの様子とか聞きたくてさ。コーヒー1杯分でいいからお喋りに付き合ってよ」
要するに暇潰しの雑談だ。リオンは頷いて、サンドイッチの続きを手に取る。ヴィネラも自分の飲み物に口をつけた。こうしていると、同僚だった時代に研究室で、いやその前にも大学のゼミ室で、こうしてランチをしながらよく喋っていたのを思い出す。
「プロジェクトチームはどう? ヴィネラ、他所の研究室の人とちゃんと上手くやってるの?」
「同期のくせに、お母さんみたいな心配の仕方やめてくれる? 当たり障りなくやってるって。それぞれに優秀な人ばっかりだからお互いを認めてるし、ビジネスライクに上手く付き合ってるよ。結局こういうのが一番楽だよぉ」
「楽だけど、研究以外のどうでもいい雑談する相手がいなくてつまらない、と」
「その通り。だからこういうお喋りもしたくなるってわけ」
ヴィネラは浮かぬ顔で、はぁーっと大きなため息を吐いた。
「あー、ビジネスライクじゃなく付き合える人がもっと手近に欲しい。っていうかむしろ彼氏欲しい。くだらない雑談を楽しくできて、仕事の話がある程度通じて、でも研究バカじゃなくて、趣味の合う男どっかにいないかなぁ」
「またそういう無茶を言う」
大規模プロジェクトに参加して年単位で宇宙に行く彼女と同レベルで仕事の話ができる時点で、研究者以外に望みは薄い。それで「研究バカは嫌だ」なんて欲張りすぎる。
「無茶なのは分かってるけど、プライベートも妥協するつもりないから。もちろん研究者としての野望もね。リオンは知ってると思うけど、あたし、欲張りだから」
「知ってた」
ヴィネラのこういうところ、学生の頃から全然変わらなくて安心する。
「いや、あたしの彼氏の話は研究室詰めでしばらく進展の見込みがないんだから、この際どうでもいいのよ。せっかく久しぶりの通話なんだから、リオンの話聞かせてよ」
唐突に話を変えるのも、話の流れを全部仕切るのも、いつもの調子だ。
「話してもいいけど、ヴィネラ、私に恋愛の話なんてあると思ってるの?」
「ううん、リオンに浮いた話があるとは思ってない。だって相変わらず興味ないでしょ」
「ない」
よく分かってらっしゃる。興味ないどころか、現実の人間同士のどろどろだとかごたごただとかは積極的に避けて通りたいところだ。
「そんなリオン自身にはないだろうけど、身近にあるでしょ、話のネタが」
「何度も言うけど、あれ、根拠のない想像だからね?」
「真偽はどっちでもいいんだって。ただ、面白ければ。どうせ本当のことなんてたいして面白くないんだから「かもしれない」「そうだったらいいな」程度でいいの」
「そういうのを面白がるのもどうかと思うけどな」
他人の恋愛をはじめ、人間関係を遠巻きに眺めてエンターテインメント扱いするのは、お世辞にも良い趣味とは言えない。
と、視界の端に秘書システムの通知が表示された。本日午後のスケジュールの変更通知、しかもこんな直前に割り込みができる優先度Sランクだ。アルタイル本人の判断ではなく自動でこのランクが当てはめられるアポイントは、リオンの知る限りたった一人にしか許されていない。
「なになに、通知の音?」
楽しそうなヴィネラに、リオンも頷いた。
「噂をすれば影、ってやつ」
十五時二十五分。約束の時間のきっかり五分前に、玄関の呼び鈴が鳴った。メイド長として、お客様をお出迎えするのもリオンの仕事のひとつだ。
「お待ち致しておりました、ホクト・アルクトゥルス様」
使い込まれたジャケットを粋に着こなした背の高い男性は、玄関ホールに足を踏み入れ、頭を下げるリオンに軽く会釈を返す。柔らかな仕草で顔には優しげな笑みを浮かべ、手にしている少しファンシーな紙袋が不思議と違和感なく似合ってしまう。
「よろしければ、上着とそちらのお荷物をお預かり致します」
「ありがとう。これ、お土産」
「いつもありがとうございます。後ほど、お茶と一緒にお持ち致します」
ケーキの箱をワゴンに預けて台所へ送り、歩きながらお茶請けの変更指示を出す。来客対応も、一年もやっていれば慣れたものだ。
「どうぞ、こちらです」
「ありがとう。アルは部屋に?」
「はい、いつもの仕事部屋でお待ちです」
お客様と並んで階段を上がる。ご主人様を「アル」と気さくに呼ぶこの人は、彼の従兄弟であるらしい。とはいえ、訪ねてきた理由はもちろんそれだけではない。
彼は、技師アルタイル・セイガ・テヤンのお客様だ。
「ご主人様、失礼致します。アルクトゥルス様がお見えになりました」
「入ってくれ」
扉の向こうから応えが聞こえた。いつもこれくらいスムーズに返事してくれたら楽なのに。
扉を開ける。アルタイルはいつものモニターの陰から動かず、作業の手も止めようとはしなかったが、一瞬ちらりとこちらを見たのをリオンは見逃さなかった。
「やあ、アル。忙しいのに、いつも急に押しかけて悪いな」
「メンテナンスには早い。何かやらかしたのか?」
「ちょっとな……すまん、肘の駆動部がやられた。お前のパーツややこしいから直せなくて、今は代替品を入れてる」
「……見せろ」
アルタイルは不機嫌そうな顔でつかつかとホクトに歩み寄ると、そのシャツの袖をぐいと捲った。
現れた左肘は、金属の骨組みが剥き出しになっていた。不格好にはみ出したパーツが「代替品」だとリオンの目にも分かった。服で隠せない手首から先は、一見すると普通の手だが、よく見ると合成の素材であることが分かる。普段は肘まできちんと合成皮膚で覆われていた筈だが、手袋のような状態になってしまっている。
「……っくそ、いくら代替でも、よりにもよってこんな格好悪いやつを着けなくてもよかっただろ」
「とりあえず地球まで帰ってこなきゃならなかったから仕方ないだろ。格好悪くても大手の純正品だ、性能は良いんだぞ」
「俺は嫌いだ。そんなもんを俺の作った腕に着けるくらいだったら片手で帰ってこい」
アルタイルは不機嫌を通り越して怒りに口をへの字に曲げている。
「俺の作った腕」――ホクトの左腕は、機械技師アルタイルの作った義手だった。しかも量産品の補助具としての義肢とはものが違う。駆動音もほとんどなしに指の関節まで滑らかに動き、意のままに細かい操作も可能で、実際の腕一本とそう変わらないほどに軽く、継ぎ目も持ち主の体にぴったりと合うよう作られたオーダーメイドの、しかも、見た目も本物と見紛うような……まさに芸術品だ。
アルタイルが「天才」と呼ばれるのは、十代の若さでここまでの性能のものを作ってしまうだけでなく、その作品が見た目の美しさも兼ね備えているからだろう。むしろ彼自身にとっては性能など二の次で、見た目の美しさや格好良さに強くこだわる傾向さえある。芸術家気質、というのだろうか。
リオンには、美的感覚というのは正直よく分からない。けれど、元はプログラムや技術に携わっていた者として、彼の義手の滑らかな動作制御や、駆動部の小型軽量化の技術にはとても興味がある。ついつい、その仕組みや修繕もじっと見ていたくなってしまうけれど。
「お茶のご用意をして参ります」
今のリオンはメイドだ。既にだいぶ長いこと居座ってしまった気もするが、ご主人様とお客様に小さく断りを入れ、そっとその場を退いた。
これ以上ふたりの場に居づらかった、というのもある。
ノヴァの研究室にいた頃から、二人のことは知っていた。アルタイルには技術で協力してもらったり、研究室の素材や機材や人手を融通したりと交流があったし、その彼の作った義肢を応用してより実用的な汎用型にしようという企画のために、ホクトにも協力してもらったことがあったからだ。「素材は良いのに勿体ない」アルタイルも、長身で男らしい体格に柔らかな物腰のホクトも、研究員(特に女子)からの人気は高く、話題になることは度々あった。そして、こんなにも違う二人が意外と仲が良いことも、みんなの噂話のネタだった。
……まさか、その「ネタ」を、一番興味のなかった自分が一番近くで見られる立場になろうとは、リオン自身まったく思っていなかった。
メイドになって知ったのだが、この二人「意外と仲が良い」どころではない。まず、距離が近すぎる。いくら従兄弟同士といっても、なんというか、親しすぎるのだ。物理的な距離感もそうだが、なによりあのアルタイルがあんなにきちんと返答をし、アポイントを自動的に優先度Sランクになるよう設定し、今やっている仕事の手を止めてまで対応するなんて、彼以外にはあり得ない。他の客人や仕事相手どころか、実の親ですらも。
それに、ホクトが訪れる頻度が異様に高い。定期メンテナンスが三ヶ月に一度程度は必要で、今回のような不測のトラブルもあるが、それ以外にも何かと理由を付けては訪ねてくるのだ。忙しいからとアポイントを取るのはいつも直前だが、毎回必ずアルタイルの好物をお土産に持ってくる。月に一度は来ているんじゃないかしら? 彼だって決して暇じゃない、仕事で宇宙を飛び回っていて、地球にいる時はそんなに多くないと聞いた。忙しいのに頻繁に訪れては、義手と義足のメンテナンスだけでなくかなり長いこと話し込んで、時には食事まで一緒にして帰っていく。
お互いにそんな「特別」なのは何故なのか、なんて……興味なかったけど、噂の通りなのかなとつい思ってしまった。
自動的に二階まで運ばれてきていたワゴンを押して、リオンはゆっくりと廊下を戻る。ワゴンに乗せたお盆の上には、ホクトのお土産のチーズタルト。
「失礼いたします。お茶をお持ち致しました」
部屋の扉を開けたところで、リオンは思わず固まった。
シャツを脱いだホクトが椅子に座らされている。それはいい。義手を外して修繕するためだろう。
でも、どうして。
外した義手は作業台に放り出して、
その、半裸になったホクトの膝の上に、
アルタイルが乗って顔を覗き込んでいるのは、何故?
「……おい、アル」
と、ホクトがこちらに気付き、身を起こそうとした。
「動くな」
「いや、お茶が」
「茶なんてどうだっていい。分かってるのか、義手に外傷を受けたってことはその元の身体にもダメージが伝わってるんだぞ」
あ、義手を装着していた腕や肩の状態を見ているんですね。顔を覗き込んで、見つめ合っているように見えたのは錯覚ね! きっとそう!
「義手はいくらでも直してやる。けど、これ以上お前の生身の腕に傷つけることは俺が許さない」
それにしても、ちょっと私情が強い気がしてしまうな。
と、リオンは部屋の入り口で立ち尽くして二人を見つめてしまっている自分に気付いた。完全なるお邪魔虫だ。
「……た、大変失礼致しました。お茶はこちらに置かせていただきますので、その、どうぞごゆっくり。失礼致します」
なんか動揺して変なことを口走った気もするけど、まあ、いいか。
「さっ、仕事しよ」
夕食の準備は二人分にしておいた方がいいかしら、と考えながら、リオンは階段を下りた。
「……行ったか」
「ああ。だが……なんか、動揺させたようだな……」
「なんでだ? お前の半裸に驚きでもしたか? まあいい。さて、さっさと俺の仕事を済ませて、その後はお前の番だからな。宇宙の話と、お前の仕事の話と、あとはいつもの鳥の話も! めいっぱい聞かせてもらうぞ」
「またか? アル、本当にその話好きだな」
「ああ、好きだ。ホクトの話は面白いからな、一晩中でも聞きたい。俺が満足するまで付き合ってもらうからな」
アルタイルはホクトの膝に乗ったまま、その肩をパシンと軽く叩いて笑った。いたずら好きの子供のように。
Fin.
2019年9月刊行 メイドスキー戦隊アンソロジー「ファンタスティック・メイズ3!!!」より再掲。
アンソロ内お題は「SF」「BL風味(ブロマンス可)」
表記等を一部改めています。