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【ショートショート】 私と夏とビー玉
授業中、気まぐれに筆箱の中を探ると、コロンとした球体が出てきた。
それは何の変哲もない、淡い水色のビー玉。
そうだ、すっかり忘れていた。
消しゴムのカスや、筆箱の糸くずがついているそれに、ふうと息を吹きかける。
私の吐息でふわっと曇ったそれを、指の腹でぎゅっと擦る。そうすると、あっという間にそのガラスの球体は「透明」を取り戻す。
これは二週間ほど前に、隣の席だった松井さんがくれたものだ。
あの日の朝、駅前のコンビニでラムネを見つけて、何かテンション上がって思わず買ってきちゃったと、彼女は笑いながら話していたっけ。
昼休みが終わる頃、松井さんは次の授業何だろうとかお昼食べ過ぎたとか、いつも通り他愛のない話をして、周りにいた人たちと過ごしていた。
飲み残していたラムネを飲み切って、手持ち無沙汰にそのボトルをいじり始める。
特に見ようとしなくても、その一挙手一投足が視界に入る……。
実のところ、私は松井さんの「周りにいた人たち」に該当するとは思っていない。
たまたま隣の席だったというだけで、絶妙な距離感からのささやかな観察は続く。
ボトルはプラスチック製だったようで、飲み口の部分を捻るとビー玉は綺麗に取り出せたらしい。
わいわいと話しながら、不意に松井さんは取り出したそれを少し掲げて、透かして見るようなことをした。
その小さな球体は、教室の蛍光灯を吸い込んで、私の視界の端できらりと光る。
ぼんやり事の成り行きを見ていた私は、ビー玉なんて久しぶりに見たなと思いつつ思わず「あ、綺麗」と口にしていた。
自分が、周囲に聞こえるボリュームで独り言を発したのだということを自覚したのは、その直後だった。
私の独り言に気がついた彼女は、少し驚いたような顔をした後、屈託なく嬉しそうに頷いて、そのまま制服の太ももでゴシゴシとそれを拭いてから「あげる」とその夏の粒を渡してきたのだ。
私は導かれるようにその手を見つめ、そして受け取る。ハッとして彼女の方を見た頃には、もう松井さんは「彼女の世界」に戻っていた。
──ただ、それだけ。
本当にただ、それだけのことなのだけれど、彼女が気まぐれにくれたこのガラスの種は、私にとって何となく捨てがたいものとなり、そのまま筆箱に入れていた。
いつも友人に囲まれている松井さんと話すことが得意ではない私は、隣の席とはいえ挨拶以上のやり取りはなかったし、その件以降も話すことはないまま、席替えになった。
多分、このビー玉のことをこんなにも覚えているのは、私だけだろう。
私は、何だか良い見つけものをした気がして嬉しくなり、もう一度そのコロンとした塊をぎゅっと指の腹でそれを擦った。
ひんやりした淡い水色。はじまりたての夏を閉じ込めたような小さな透明は、今なおこの手の中で、きらりと光ってみせる。
(1162文字)
=自分用メモ=
劇的なことなんか起こらなくても、なぜか記憶に残っているワンシーンがたまにある。別に何も特別ではない、誰も気がついていないようなささやかな日常。一見何も起きていない、意味の有無なんて二の次のようなの中で、一瞬眩しく煌めく。そういう瞬間をひたすら見つめて、そっと書き起こすような時間が結構好きだ。
今回は特に、ささやかな日常を切り取るということに加え、「ビー玉」という単語の言い換えを楽しんだ。
始まったばかりなのに、随分と張り切っている夏。
皆様どうぞご自愛くださいませ。
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