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  • アップロード、ヒトミさんの場合

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アップロード、ヒトミさんの場合(0)

プロローグ  閉塞感の漂う時代、たくさんのヒトミさんたちが、片目を瞑って生きています。  先人たちの言うように、両目を開いて伴侶を探し、片目を瞑って伴侶と暮らし、なんとかなると思っていたはずなのに、なぜだか心が壊れてゆくのです。  先人たちに、可哀想だと思える間は我慢しろと教わって、同情は愛情と同義語なのかと考えたり、いつかは変わるのではないかと期待したり、優しいところもあるからと思い直したり、自分も大した人間ではないのだからと諦めたり。    そんな風に過ごすうち、ヒトミさ

    • アップロード、ヒトミさんの場合(+x)

      エピローグ  ヒトミさんの物語を、長いこと読んでくださり、ありがとうございました。  連載途中、「私もそんな感じで逃げたのよ」とか、「私も全く同じ心理状態だったわ」という方々と知り合い、状況は違えども、ヒトミさんのような女性(もしくは男性)はたくさんいるのだなあと、改めて思いました。  しかし、「もしかして貴方は、ヒトミさんの夫サイドの方では」と感じてしまう方もいらっしゃいました。結婚して数年経ち、夫が昔みたいにちやほやしてくれないと不満を持ち、その方は、こんなはずじゃなか

      • アップロード、ヒトミさんの場合(最終話)

        ヒトミさんは泣いていない  翌日、ポンちゃんが作ってくれた美味しいブランチを食べたあと、ヒトミさんはバスに乗って実家のあった町へ向かった。少しだけ二日酔いがあったけれど、それすらも楽しいと思えたヒトミさんは、バスの中から懐かしい景色を眺める。  終点のバス停で降りると、日曜日だというのに町はしんとしていて、いまヒトミさんが住んでいる海辺と似たその町は、時が止まっているように感じられた。  小さな漁港から、恐る恐る細道を入ると、そこにあるはずのヒトミさんが育った家は、まだ確

        • アップロード、ヒトミさんの場合(21)

          ヒトミちゃん!  その日がちょうど、一年前に夫と暮らす家から出奔した日だと気づいたのは、それが故郷の祭りの日だったからだ。  一年前、ヒトミさんはミコちゃんの家で、その祭りをちらりと観た。ニュース番組の中で流れた故郷の風景は、あのときのヒトミさんには遠過ぎたけれど、いま故郷は、ヒトミさんの足元にある。  祭りのために、町のホテルは満室だったので、祭りが終わるまで、叔父の住む島へ渡ることにしていたヒトミさんは、夕方の船に乗るまでの間、懐かしい故郷の町で、賑やかな祭りを見学し

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        アップロード、ヒトミさんの場合(0)

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        • アップロード、ヒトミさんの場合
          24本

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          アップロード、ヒトミさんの場合(20)

          心療内科  ヒトミさんの心身に異変が起きたのは夏が終わる頃で、それは突然やってきた。    ヒトミさんが、二〇一号室の山井さんの部屋を掃除していたとき、一昨日の晩にトイレに行く際に転んでしまったという山井さんが、「美容院に行きたいんだけど、ダメって言うのよ」とヒトミさんに愚痴をこぼした。    話を聞いてみると、転んだときに頭を打っているかもしれないから、しばらくは髪を洗うなと看護師のリーダーに命令されたらしい。確かに身体のことを考えると、そういう結論になるのかもしれないけれ

          アップロード、ヒトミさんの場合(20)

          アップロード、ヒトミさんの場合(19)

          月暦をめくり、春が終わる  空調の効いた老人ホームには、毎日同じ空気が流れている。入居者さんたちは、外の空気を吸いたいからと、この頃はよく散歩している。空は晴れたり曇ったり、風は冷たかったり生温かったり。もうすぐ春が来る印の強風を、誰もが待ち望んでいるように思われた。  ヒトミさんにはいま、全ての季節に対応できる服が手元にあったが、奈良で篠田さんにもらった重いウールのコートをいつまでも着ていたい気分でもあった。季節が変わることを、何だか少し恐れていた。やっと自分の荷物を取り

          アップロード、ヒトミさんの場合(19)

          アップロード、ヒトミさんの場合(18)

          需要と供給と昼逃げ  ところでマチコさんは、土曜日に時々デートに出掛けて行く。マチコさんはすごくモテるのだ。デート相手が三人もいて、マチコさんはふくよかで美しい身体に薄手のワンピースをひらりとまとい、その上に軽いコートを羽織っただけで出掛けて行く。 「寒くないの?」  心配症のヒトミさんは、お母さんになったような心持ちで聞く。 「大丈夫です、私、脂肪を着てるんで」  マチコさんは朗らかに答える。いまのところ特定の恋人を作る気はないらしく、楽しいデートをしてドキドキする時間が

          アップロード、ヒトミさんの場合(18)

          アップロード、ヒトミさんの場合(17)

          連帯感  社会は、優しい人ばかりで構成されているわけではない。そんなことは当たり前のようにわかっていたはずなのに、いまのヒトミさんの心には、人の悪意がダイレクトに突き刺さり、汚い言葉を聞くと指先が震えて冷たくなってくる。五十年と少し、ヒトミさんはこの悪意に満ちた世界で無事に生きてこられたことが信じられなくなってくる。    でもヒトミさんと仲のいい入居者さんたちは、それらをちゃんとわかってくれている。 「あの人らは人間の屑だからね、気にしちゃだめよ」 「あんな人たちと同じ土俵

          アップロード、ヒトミさんの場合(17)

          アップロード、ヒトミさんの場合(16)

          不信感  前回欠席だった夫は今回は出席していて、先に夫の話を聞くということで、ヒトミさんは弁護士さんと申立人待合室で待っていた。同じ建物に中に夫がいると思うだけで、恐怖心から吐き気がしてきたけれど耐えた。    待合室は混んでいて、苛立ったり切羽詰まったような人々が、各々の弁護士たちと打ち合わせをしたり、どこかに電話をかけていたりしていたが、何も話すことのないヒトミさんとヒトミさんの弁護士さんは、静かに順番を待っていた。  三十分ほどして、前回と同じ調停委員の女性が呼びに来

          アップロード、ヒトミさんの場合(16)

          アップロード、ヒトミさんの場合(15)

          「生活保護を申請しますか?」  お正月、ヒトミさんはマチコさんと二人でゆっくりと過ごした。小学生のときに母親を亡くしたマチコさんは、父親が再婚相手と暮らしている実家に帰る気はないらしく、「何だかここが実家なような気がしますねえ」と、穏やかに笑いながら言った。 「そうだね、私たちが実は姉妹で、いまにも両親が買い物から帰って来るといいね」  ヒトミさんがそう言うと、マチコさんがふと真顔になったので、ヒトミさんは急いで、さて、お餅でも焼こうよと提案した。 「じゃあ私はきな粉で!

          アップロード、ヒトミさんの場合(15)

          アップロード、ヒトミさんの場合(14)

          「この町に友達はいるの?」  ヒトミさんは裁判所を出て、区役所へ向かった。区役所は、夫婦で住んでいた町から離れたところにあったけれど、夫に遭遇する恐れがないとは言い切れない土地で、ヒトミさんは透明人間になりたいと思いながら足早に歩く。   一刻も早く、この土地を過去のものにしたいという思いに囚われているヒトミさんは、区役所で、夫に知られないよう転出したいと申し出た。  市民課の若い女性職員は馴れているのか、「これを持って、新しい住所のある役所で、その旨を伝えてください」と転出

          アップロード、ヒトミさんの場合(14)

          アップロード、ヒトミさんの場合(13)

          まだまだ困難が待ち受けている  しかしヒトミさんの行く手には、まだまだ困難が待ち受けている。  新横浜駅で降り、ミコちゃんの家に二泊して、借りていたキャリーバッグと冬服を返す。懐かしい我が家のようなミコちゃんの家で、移動疲れを癒してから、段ボール一箱分の荷物を海辺のシェアハウスに送る。     駅まで送ってくれたミコちゃんとハグをして、電車を二度乗り換えて、一時間半ほどで着いた小さな駅前のロータリーは、思ったより閑散としていた。  開いているお店は、八百屋のようなスーパーと

          アップロード、ヒトミさんの場合(13)

          アップロード、ヒトミさんの場合(12)

          闇の中に光があった   篠田さんに教えてもらったバスに乗り、最寄りのバス停で降り、閑静な住宅街を歩く。小さく出ている案内版を見落としそうになりながら、土壁の続く古い細道を進むと、新薬師寺はあった。境内には誰もおらず、本当にここなのだろうかと訝し気に堂内へ入ると、しんとした内部の空気にヒトミさんは圧倒された。    仄暗い堂内には、外からはとても想像出来ない神聖な空間があった。そこは広い空間ではなく、むしろ狭いのかもしれなくて、しかし、穏やかな顔の薬師如来と、それをぐるりと囲む

          アップロード、ヒトミさんの場合(12)

          アップロード、ヒトミさんの場合(11)

          とても幸せだった  賑やかな一団にしばし別れを告げ、ヒトミさんは一度家へ戻ってから、買ってきた食料品を冷蔵庫に仕舞い、急に冷え込んできたのでセーターを着込み、篠田さんからもらったストールを巻く。  そして、さっき百円ショップで買った質の悪いレギンスをジーンズの下に履くと、安かろう悪かろうの品は通気性がなくて逆に暑いくらいで、ヒトミさんはちょっと笑った。  これなら冬を凌げるかもしれない。  しかし、伸縮性もなく動くのが大変だったので、今日は普通のタイツに履き替えてから、冬には

          アップロード、ヒトミさんの場合(11)

          アップロード、ヒトミさんの場合(10)

          「たまには人に甘えなさい」  こじんまりとしたアットホームなレストランで、きれいに糊の効いた白いテーブルクロスのかかった席に案内されて、「ワイン飲める?」と篠田さんが聞く。  ヒトミさんがハイと答えると、篠田さんは白ワインを二つ頼んでから、「本日のランチでいいわよね」と言い、ヒトミさんはまたハイと答える。  篠田さんは、テーブルへ水を持って来た感じのいい女性スタッフに「ランチ二つね」と言ってから、「好き嫌いはないわよね?」と聞くので、またヒトミさんがハイと答えると、「お肉でい

          アップロード、ヒトミさんの場合(10)

          アップロード、ヒトミさんの場合(9)

          「お客さん、運がええなあ」  ヒトミさんはとりあえず朝ごはんを作る。といってもパンを焼いて野菜を切って、卵を焼くか茹でるか炒めるかして、コーヒーを淹れるだけ。そして出来ればオレンジジュースがあるといい。朝にオレンジジュースを飲むと、昔、一人で行った海外旅行先での楽しいホテルの朝ごはんのことを思い出すからだ。  ヒトミさんにとってごはんを作るのは楽しいこと。食べるのも楽しいこと。「楽しいことだけをしてください。楽しいことだけを」。ヒトミさんは諳んじた。  洗い物を済ませると、

          アップロード、ヒトミさんの場合(9)