実家への電話をやめてみた
毎日かけていた実家への電話。
やめてみて12日が経過。
今日は敬老の日。
本当は実家に言って敬老の日を祝ってあげなきゃいけないはず。
でも行けない。電話もできない。
きっと、両親は怒っているはず。
私は幼いころから両親について良い思い出がない。
日用品を扱う自宅兼店舗で終日店に立つ母。
ギャンブル依存症ですぐに暴力をふるう父。
父は私を嫌っていた。
母は私に「お前に人並のことはできない、目つきが悪い、だから嫌われる」と言う。
私は結婚どころか恋愛もしたことがない。
人がお互いを思いやるというものがどういうことなのかわからない。
母がどれだけ暴力をふるわれても父と別れられないのは私がいるから。
そうして、物心ついたころから自分のせいで母が苦しんでいると思っていた。
自分は生まれてきてはいけなかった人間。
誰よりも我慢しなければならない人間。
両親は老いて、仕事も遊ぶ気力も失った今、互いに強い絆で結ばれている。
実家への電話は毎日午後7時と決まっている。
母は毎日「お父さんが、お父さんが」と父の話をする。
たいていは、自分がどれだけ父から頼りにされ大切にされているかという話。
正直、聞くのが辛い。
母の「お父さんが」という言葉は心に焼き鏝を当てるように私を痛めつける。
母は体調が悪いと言う。それをいかに父が心配しているかを私に話す。
ついには母は体調の悪さは「寂しさ」が原因だと言い出す。
母には父がいる。
近所に妹も住んでいる。
店をしていただけあってご近所様との交流もある。
娘もいる。
そして私には誰もいない。
どんなに体調が悪くても看病してもらえることはない。
「お前みたいな人間は施設の人やヘルパーに世話になればいい。」と母はいう。
でも、私みたいな人間は生まれたときから誰もいない。
毎日、毎日、1日3食たった一人で食事をする。
父の暴言から逃れるように実家を離れてからは両親のことを自分の子どもだと思うようにしていた。
でも、いつまでも育たない。
むしろどんどん幼くなっていく。
正月、母の日、父の日、それぞれのお誕生日、クリスマス、敬老の日、バレンタインデー。
私の誕生日でさえ産んでもらった感謝の日として両親に感謝を捧げる。
私には私のための日はないし、誰もいない。
もう、いいかな。
全部やめてもいいかな。
ごめんね。