寸止め彼氏の愛情表現。


触れ合いは、愛情表現の一種だ。
または非言語コミュニケーション。
親密な関係性の相手としか得られない幸福感が好きだが、その分繊細なたちの己が
文字通り暴かれるのが怖くもある。



「今日は邪魔が入りすぎた、ごめん」
彼は近頃謝ってばかりだ。
私はへたにフォローしない。

「そうだね、しかたない」と笑う。


「今度、ホテルでもいこうか?」と言った彼は
「でも休みの兼ね合いと君の体調も確認しておかないといけないよね。」と真面目な顔をする。

「明日ホテル行くぞ!」
ってのもなあ、なんかそれは違うよね。


私は爆笑してしまう。
言われてみればそうだ。ムードぶち壊し。

そもそもムードとはなんだ?
と考えてみたりする。
コミュニケーションにムードは必要なのかな。
無論口には出さない。


議論の末、猫たちは寝る前に沢山遊ばせて興奮状態にしないようにすることと
なんとなくの日にちを決めておくことになった。あと夜ご飯は満腹になるまで食べない、というのが追加された。


「ホテルもいいねえ。」と私が言うと
「同棲してからホテルは行ったことがないからなあ。」と聞き捨てならないセリフを吐き
私はにわかにムッとする。
すぐに彼は配慮がなかったことを謝る。

「それだけ、初めてだらけなんだよ。」とフォローされても私の苛立ちはおさまらなかった。
過去に対してではなく、デリカシーのなさに。


私達は裸のまま布団にくるまっていた。
彼はいつもより饒舌に胸の内を語る。
事後のようだ。そうであるとも言えなくもない状況だったからかもしれない。


婚約や、九州での暮らしや、彼自身の悩みについて。
同棲してわかったあれこれなど
よく彼は話した。

仰向けだからか、彼の声はいつもより低く
それが心地よくて私はうつらうつらする。
「終わったあとはいつも君はすぐ服を着るから。本当はこうして裸でくっついていたいんよ。」と彼が言う。

「恥じらいはありますから。」と答えたはずなのに
舌がうまく回っていない、と気づいた。


あたたかい気だるさの中で
私は眠りに落ちた。





翌朝。
頭の痛くなる引き継ぎがチャットに届いていた。
仕事関係者からの不適切なアプローチについて。

彼に一応つたえる。
彼は強い視線をむけ言う。
「彼氏がいるって断ればいいじゃないか。」
私は悩む。直接的な言葉を使っていない以上、それを持ち出すのは自意識過剰だと思うと。

「でも、君がそうしている間に相手は図にのってる。上司や、引き継ぎをした同僚にも手間をかけさせてる。男だから分かる。下心以外の何物でもない。」
私は唸る。あまりプライベートな話を職場関係者にしたくないのだ。

言いながら彼が白湯をつめたマイボトルを持ってきて、おにぎりを作ってくれたので礼を言う。
「自炊しないって公言してたから、弁当もっていくようになってから同じチーム内のひとたちは話題にしてたよ。誰に作ってもらったんだ、同居人て彼氏じゃないの、マメな人だよねって。」
彼は表情を和らげた。でしょう。

「尻に敷かれてる彼氏がいるのに、伝わらない人はいるんだよ。はっきり断らないと面倒なことになるよ。」
うん、と私は答えた。


「弁当つめて、おにぎり作って。バイクで迎えにいってるのに
チューが少ないとか俺から来ないとかで騒ぐからなあ。君は。愛が足りないって。」
私はかあっと赤面した。
「だって!」

「こんなに愛してるのに。」
私は二の句が継げない。


ずるい、ずるすぎる。



「夜までがまんして。だから、今日は早く帰ってきい。駅まで送るけん。さっさと味噌汁飲みや。」

愛情表現の仕方は、こういう化学反応さえ起こすから
おもしろい。



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