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ともに壁を見上げて/進撃の巨人 the Musical 感想

撮影可能カーテンコールにより大きな話題を呼んだ本作。私もその話題に感化されて観に行った者の一人である。

再現性の高さや圧巻の歌唱力に興味をひかれて観に行ったのだが、現地ではそれに留まらずワイヤーアクションや音、光の効果などがミュージカルというよりthe Liveでは!?と思うほどの迫力でめちゃくちゃ楽しかった。

原作も(中学の頃にアニメ序盤だけ見たきりだったが)今更でも読もうと思ったし、続編も強く切望している。
エレンたちとともに海が見たい。海を見る彼らの姿を見たい。

そう思わせるほど強烈な舞台だった。始まって数分も経たずに2024年で3本の指に入るであろうと確信する舞台に巡り逢えたことに感謝。

進撃の巨人 the Musical 東京公演
撮可カーテンコール曲 Now or Neverより

まず劇場に入って、壁の外にいる!と感覚的に思った。ギリギリに入ったのでアナウンスが流れるまでのほんの少しの間、忙しなく席につきながらも無意識にBGMを聴いていたのだと思う。鳥の囀りや自然の音と観客のざわめきでうるさいはずなのに、しかし「静かで不穏だ……」とすら思った。今から一時的に巨人がいる世界に入り込むんですよと暗示をかけてくるような空気に包まれていた。

そして影アナが流れる。飲食はNG、私語はやめましょうといういつも通りのアナウンスだが、それが終わる直前、轟音と共に生々しく固いものがひしゃげる音が響いた。

巨人だ。
巨人にアナウンサーが踏み潰されたのだ。とともにTDCアリーナの組まれた客席が音に揺さぶられる。もうこの時点でとんでもなかった。

ついに開演する。巨人が歩く音がして、幕に映されたロゴが揺れて消える。そして暗転、巨人の世界が始まる。

──エレンたちが見上げる高く聳え立つ壁を、私たちも見上げる。
そこは間違いなく壁の中の世界だった。

そこからはもうノンストップだった。
100年の平穏が破られ巨人に蹂躙される。讃美歌のようなものを歌いながら一人またひとりと巨人に食われていく。
壁の上から超大型のスマートめな巨人の巨大な顔がこちらを覗き込み、何の感情もなくこちらを見下していた。

なんて残酷なんだろうと思った。アニメを見た時はそこまで感じなかった恐怖を感じた。舞台化によりいわゆるモブという一般的なあの世界の人の心情が長く歌われるからかもしれない。ただ怖いだけじゃなく、悲しくて理不尽で人間なんてちっぽけで、神に祈るしかない。
そこで戦う術を持つ人も巨人に易々と勝てるわけでもなく、兵士ですらあっけなく倒れていく。いつか終わりは来るのだろうかと希望を持ちながら、そんな世界を見ることは叶わずに。

ずっとつらい!本当につらい。でもこれは巨人というファンタジー感を除けば、全然遠い世界の話じゃないんだってところがまた悲しかった。戦争にも災害にも、個人を押さえつける差別にも暴力にも置き換えられる話だから。
文明が過去のものであることや倫理観が前時代的なのも悲しさを助長させていた。戦いも悲惨だけど、愛する者を盾にされた全体主義や貧困も厳しいことだ。
そのなかでも外の世界を夢見るエレンのほんの僅かな希望や無邪気さ、諦めの悪さに救われる。
……と、私はそう見ていたが、履修者には「それすら絶望なんだけどね〜」と言われた。壁の真実や巨人の正体を知ってる人間との隔たりは大きそうだ。

小さい頃に進撃の巨人を見たのであの頃はあまり深く考えなかったが、自分が憎んでいた巨人そのものになってしまったエレンのことを思うと胸が痛かった。それだけではなくて今まで自分が巨人にむけていた憎しみを自分が受ける側になる。胸が張り裂けそうになる。
そんな状況でも信じてくれる幼馴染の絆が尊かった。

演出については言いたいことがほんっとうにたくさんある!それくらい観客を楽しませる要素が盛りだくさんだった。
特にワイヤーアクションが素晴らしかった。普通に飛ぶだけでも体幹やらなんやら難しそうなのに、キャラクターの姿勢やポーズに沿って無茶苦茶な態勢で飛んだり方向転換したり。映像も合わさって、本当に立体機動しているみたいだった。

リヴァイの飛ぶ姿が本物すぎて思わず久々にアニメを見返して見比べてみたが……同じすぎ……。
物理学には疎いが多分実際こうやって脚を踏み替えたり腰の体重移動をしたりして飛んでいそうだなと、違和感なく受け入れられるくらい見事なフライだった。
彼は平地を走る時も脚の動きが速くて、実際のスピードよりも速そうに見えるのでとにかく魅せ方が上手いのだと思った。立ち方とか目線とか表情とか、どう見えるかが客観的に分かっていて計算されている感じがあの再現度に繋がるのかなと思った。

歌も個人の歌というより複数人の歌、民衆の歌というものが印象的だった。それがより、このお話がエレンという一人の少年の話でありながら、あの壁の中に住む人々(国民と言った方が伝わりやすいだろうか)の話だと印象付けていた。
巨人がいることは彼らには現実で日常なのだと見せつけられた。東から日が上り、西に沈むように、人を喰う巨人がいる。初っ端の調査兵団罵詈雑言曲でその世界観をどんと投げてくれたのでかなりお話に入り込みやすかったように感じた。

総評として、ダンスや軽快なミュージック、ミリタリー風の行進などのパフォーマンスショーのような明るさと、物語の残酷さがいい塩梅だった。しんどすぎて通うのが辛いと言うほどでもなければ世界観を壊すほど能天気というわけでもないちょうどいいエンターテイメント作品だった。

暗い世界観と理不尽な展開ばかりなのに不思議と希望や勇気、生きがいをもらえるというのは、昨年観劇した鬼滅の刃にも共通して言えるが、本当に不思議なものだなと思う。
正直なところ、ああ現代って恵まれてるなあ、なんて……そういう意味でポジティブになれるという点がないとは言い切れないが。
生命のパワーというものは見ていると伝染するのかな。彼らが自分自身に「戦え」「生きてみせる」と鼓舞する姿が胸を打って、私も私に「やってみせろよ!」と言うべきだと訴えかけてくる。もちろん戦わなくたっていいんだけど……理不尽は悪だよ、理不尽に負けるなよと肩を掴んで揺さぶってくる。時にはきっと逃げるのを頑張れと激励してくれるだろう。

私が私の超えるべき壁を見上げる時、彼らも横にいて彼らにとっての壁を、巨人の顔を一緒にしかと見上げてくれているような気がする。
背中を押してくれる作品とはこういうもののことをいうのだと思った。

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