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藤原正彦 どちらが恐い 古風堂々12

文・藤原正彦(作家・数学者)

私にとってコロナとは、小学校3年生の時に、父に連れられて行った東京天文台で見た、太陽の周りで輝く散乱光であった。父の旧制中学以来の友人である古畑正秋先生が、黒点やコロナを見せてくれたのである。コロナが100万度もあると聞いて驚いたのを覚えている。それが今や、コロナ、コロナと騒々しい。女房などはテレビがコロナと言い始めただけで辟易してチャンネルを回してしまう。

デマまでが飛びかっている。「武漢で働く日本人医師によると……」というデマメールが同級生から来た。先日はなんと、カナダに住むオーストリア人バイオリニスト(妖艶)から「武漢で働くイタリア人医師によると……」が来た。母国の友人から来たものをわざわざ英語に翻訳して送ってくれたのだ。遠い地で未だに私への熱い想いにまみれている美女がいることはうれしいが、デマはデマだ。

世界中が騒ぐのは「得体の知れないものに対する不安」からだ。現在(3月23日)、新型コロナによる死者数は世界中で1万3000人ほどである。毎年季節性インフルエンザで50万人前後が死んでいるのに騒がないのだから、現在の騒ぎは不安によるパニックだ。最も狼狽しているのは欧米である。ペストで人口が3分の1減したという歴史があるからだろう。非常事態宣言、外出禁止令、商店閉鎖令などが各国で出され、マクロンもトランプも「これは戦争だ」と言った。米国の専門家チームは、最悪の場合、米国で2億人以上が感染すると発表した。チームの使った拡散モデルは、1人の感染者が全く免疫を持たない集団に入り、他のインフルエンザと同じく2、3人に感染させるとして計算したものである。数学を現実問題に応用する場合、大切なのは前提が正しいかどうかだ。ここでの前提は、我々が新型コロナウイルスに対して全く免疫を持たない、そして1人が2、3人にうつすことである。しかしこれらは我が国の専門家会議の発表した日本における事実、「1人の感染者がおおむね1人を感染させている」とか「感染者の8割は他人を感染させていない」に合致していない。前提あるいは拡散モデル、恐らく両方が不適切なのだ。「生まれてから多くの風邪を経験した我々は、新型コロナに対してもある程度の免疫を持っているのかも知れない」という専門家もいるのだ。感染病学者が根拠薄弱などぎつい推測を出し、週刊誌や視聴率狙いのワイドショーがそれらを競って取り上げている。東日本大震災時にも科学者もどきが放射能について悲観論をたれ流し、地震学者が「どこそこで大地震大津波の起こる確率は……」と根拠薄弱な推測をまき散らした。当時も今も、風評被害や報道被害が大きい。

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