旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>――神田憲行【全文公開】
新聞、雑誌、テレビ、ネット、ラジオ……“目利き”が選んだ「一押しニュース」をチェックしよう!今回の目利きは、フリーライターの神田憲行氏です。
【一押しNEWS】佐々木朗希投手の「登板回避」は妥当だった/7月26日、日刊スポーツ(筆者=金子真仁)
夏の甲子園が終わり、高校野球ファンの興味は10月17日に行われるプロ野球ドラフト会議に移る。注目は岩手の大船渡高校・佐々木朗希(ろうき)投手だ。
佐々木投手は身長190センチの堂々たる体格で、ストレートは最速163キロという。長く追いかけていた友人のスポーツライターは、
「6割の力で投げて140キロ出てる。本気出して投げたときはキャッチャーが死ぬんじゃないかと思う球が来ていた」
と呆れていた。
大会前、彼を巡ってひと騒動が起きた。7月25日に行われた岩手大会決勝で、大船渡は佐々木投手の登板を回避、チームは敗れた。登板回避の理由について、國保陽平監督は「故障を防ぐため」と説明した。佐々木投手は同月21日に行われた4回戦で延長12回194球を投げて、決勝戦の前日の準決勝で完投していた、という状況であった。
この監督の判断を巡って賛否両論がメディア、ネットを賑わせた。学校には「ファン」と名乗る人々から抗議の電話が殺到したという。金子真仁記者の記事は、その最中に出たものである。
記事でまず驚いたのは、佐々木投手が東日本大震災で父親(享年37)を亡くしていたことである。祖母も亡くし、祖父は今も行方不明のまま。7人いた一家はお母さんの陽子さんと3人の息子(佐々木投手は次男)だけになった。女手ひとつで3人の息子を育てる苦労はいかばかりだろうか。だが陽子さんは、
〈「(長男の)琉希が父親代わりに弟2人の面倒を見てくれて」〉
と、苦労を見せない。
〈「大きく育てたい」と早寝を促した子どもたち、特に次男の朗希は、181センチだった(父の)功太さんをはるかに超える体格に成長した〉
というくだりにグッとくる。
この記事を読んで、私が監督でも登板を回避するな、と思った。彼を万全の状態でプロに送りたい。そのために非難を一身に浴びても構わない。プロからもらう契約金で家族の生活はひと息つける。
私は93年から高校野球の取材を続けているが、その中で、選手たちが意外に親の経済的負担を気にしていることを知った。野球は道具代、遠征費などとかくカネが掛かるのだ。02年に明徳義塾高校(高知)が優勝したとき、ある主力選手は取材で開口一番こういって泣いた。
「親に、親にお金で迷惑掛けていたから……良かった」
それがシングルマザーなら尚更だ。関東の名門高校のスタッフは全国の優秀な中学選手をスカウトしてくるが、彼にはある経験則がある。
「地方の母子家庭の子は、誘ってもまず来ない。母親を守ろうとして、地元を離れない。父子家庭の子は『親父、勝負してくるわ』って寮に乗り込んでくるんだけどね」
高校野球はそういう子どもたちが、プロ、就職、進学など進路の幅を広げる場でもある。そして優れた監督はそういうところにまで心を配る。昨夏で引退した智弁和歌山元監督の高嶋仁氏は部員数を1学年10人に絞り込んでいることを、
「自分が責任持って進路を案内できるのがその人数ぐらいだから」
と語っていた。
学校に抗議の電話を掛けるなど、普段は野球など関心が無い輩がただ気まぐれに社会的関心事にコミットしたいだけだ。
私たちはドラフト指名を受けてカメラのフラッシュを浴びる佐々木投手を、お母さんとお兄さんがどのような表情で見つめるか、それを想像するだけで十分ワクワクするではないか。
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