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観光業復活のカギは“安近短”マイクロツーリズムだ|星野佳路

新型コロナウイルスの感染拡大で最も影響を受けた業界の一つが観光産業だ。中小旅館の中には倒産するところも出た。7月22日には国内観光需要喚起を促すための「Go To Travel キャンペーン」が始まるが、最近の東京都の感染者増を受け、割引対象の変更を行うなど、事態は混乱している。観光業復活に向けてどうすればよいのか。高級旅館・ホテル運営の「星野リゾート」代表の星野佳路氏(60)に聞いた。

混雑状況を「見える化」

緊急事態宣言が解除され、6月19日には、都道府県をまたぐ移動が全面解禁となり、観光地にも徐々に人が戻りつつあります。観光業界は今回のコロナ禍で、ゴールデンウィークという大きな市場を失いましたが、夏休みという重要なシーズンを前に、こうした動きが加速したのはプラスです。わずかな光が見えてきたように感じています。

私どもが経営する国内の施設でも、予約数が少しずつ通常の水準に戻りつつあります。例外は、東京、沖縄それに北海道。これらはインバウンド(訪日外国人)需要が消滅した影響、また北海道の場合は、感染第2波が発生したため戻りが遅いようです。これら地域を除く国内24施設の回復は思った以上に速いとみています。

観光消費額(kokunai)

ただ、ここで感染者が出てしまっては元も子もない。各施設では密集、密接、密閉の「3密」を徹底して回避する対策をとり、国内旅行は安全であるという印象を持っていただくよう努めています。

特に顧客から好評なのは、チェックインやチェックアウト時の対応です。これまでは「非日常」を演出するためにウェルカム感をしっかり出すような対応をしていたのですが、今はできるだけ手続きを簡略化し、なるべく人と会わずにお部屋までご案内するようにしています。一方でチェックイン時の検温を必ずお願いしています。こうした目に見える形での対策は顧客の安心感にもつながるようです。

【青森屋】チェックイン時の検温

チェックイン時に検温

また、お客様自身もなるべく施設内での「3密」は避けたいと思っている。そこで私たちは施設内の温泉浴場の混雑状況を「見える化」するサービスも開発しました。スマホなどでQRコードを読み取ると、今現在の混雑状況を3段階で知ることができるようにしたのです。事前に混雑度を確認できるため、客室と大浴場を行ったり来たりするストレスがなくなったと、こちらのサービスも好評をいただいています。

使用_【星野リゾート】「3密の見える化」スマホ画面イメージ _トリミング済み

温泉施設の混雑状況を見える化

こうした3密回避の対策を徹底しながら、7〜8月の間にどれだけの市場を呼び戻せるかが、コロナ禍を生き残るための「最初のテスト」と考えています。これは業界全体にも言えることで、7〜8月の売り上げを前年比20%減で食い止める所と、50%減になった所で、「生き残れるかどうか」の差が出てくるでしょう。当面、客室稼働率の減少はやむを得ませんが、必ず宿泊市場は戻ってくる。だからこそ、今は年間を通して、ある程度のマイナスで「くい止める」ことが重要です。

代表星野の写真①

星野代表

内村鑑三の「成功の秘訣」

星野リゾートは1914年に長野県軽井沢で最初の旅館を開業してから今年で106年目を迎えます。その間、多くの「危機」を経験していますが、その都度乗り越えてきました。今回のコロナ禍も確かに未曽有の事態ではありますが、過去の経験に照らして、「こういうときは、まず何より生き残ることが大事だ」という点で社内が一致しています。

「本を固うすべし、然らば事業は自ずから発展すべし」

これは私の祖父で、星野温泉2代目経営者の嘉政に、キリスト教思想家の内村鑑三が贈った「成功の秘訣」十箇条の一つです。内村は当時、よく星野温泉を訪れていた関係から、まだ若くて荒っぽいところのあった嘉政のことを心配してアドバイスをしてくれたのでした。

使用_20090212BN00051_アーカイブより_トリミング済み

内村鑑三

私自身、この十箇条に則って、何か事を決めたことはありませんが、長い経営者人生の中で、様々な事象に遭遇した時に、十箇条の一つ一つの意味を少し理解できたと思う時があります。

「自己に頼るべし、他人に頼るべからず」

「雇人は兄弟と思ふべし。客人は家族として扱ふべし」

などは、コロナ禍に考えさせられる格言だと思っています。

その中に一つだけ異彩を放つ格言があります。

「急ぐべからず 自働車の如きも成るべく徐行すべし」

これはどういう含意なのだろうと思うかもしれませんが、実はそのままの意味なのです。当時の祖父は車の運転が乱暴で、同乗した内村鑑三が恐怖を感じるほどで降車後、厳しく叱られたと伝えられています。ただ、少し叱り過ぎたと思ったのでしょう。その晩にお詫びのつもりで内村が書いて祖父に渡したのが「成功の秘訣」でした。しかしそこにもあえて、「成るべく徐行すべし」という言葉を入れた。いかに内村が祖父の乱暴な運転に閉口したかがわかります(笑)。

コロナ危機の教訓

91年に31歳で星野リゾートの社長に就任してから、私は社員に「私たちの競合は、(軽井沢の)万平ホテルでもプリンスホテルでもない。これからは外資のホテルが日本の観光地を狙ってくる」と言い続けました。

実際に94年にパークハイアット東京が新宿にオープンすると、東京や大阪に次々外資が進出。その波はリゾート地にも及びました。こうした波に負けないためには私たちもある程度、規模がないと戦えない。そこで、リゾート施設の再生事業や運営を始めたのです。今では国内外で42の施設を運営しています。

このため、私の代で星野リゾートは大きく変わったといわれます。確かに変わったのは事実ですが、私が変えたというより、変わらざるを得ない時代の変化があったというのが正しい表現ではないかと思います。

そうして今は「コロナ」という大きな変化の波が押し寄せています。私がこの仕事を始めてから約30年の間に、バブル崩壊やリーマンショック、東日本大震災などを経験してきました。こういう危機の時の資金繰り対策や需要がない中での集客の手法は、決して平時では学べない観光のノウハウであり、私と組織を大きく育ててくれました。

コロナ危機にもそうした教訓はたくさん詰まっているはずです。この危機を乗り越えることができれば、スタッフは成長し、今後の強い自信につながると考えています。

さて、では具体的に観光業界がどうこの危機を乗り越えるべきかお話ししていきます。まず、指摘したいのは、この数年、大きく伸びたインバウンド需要についてです。コロナ禍でインバウンドがほぼゼロになったことの影響をよく聞かれます。しかし、日本の観光市場全体におけるインバウンドの割合は、伸びたとはいえ、まだ2割弱です。

2019年観光市場

作成:星野リゾート

2019年の日本旅行市場規模は全体で27.9兆円でした。そのうち日帰りや宿泊旅行を含めた国内市場の合計は22兆円。インバウンドが4.8兆円。日本人の海外旅行(アウトバウンド)が1.2兆円です。

近年の観光業界は、東京五輪などの国際的なイベントも予定されていたため、インバウンドばかりが注目されてきましたが、実際のところ日本の旅行市場の8割近くを占めているのは、国内在住者による国内旅行だということを忘れてはなりません。

さらに、日本からの海外旅行は、国内で支払われる金額だけで1.2兆円の市場があります。海外の観光地やレストランで直接使われる金額を考えると、実際の市場規模はその2〜3倍はある。海外旅行に行けないコロナの時期は、その分の消費が国内旅行に戻ってくる可能性があるわけです。

つまりインバウンドで4.8兆円失っても日本人が海外旅行で使っていた2〜3兆円は国内に戻ってくるかもしれない。そうするとインバウンドを失ったことは日本の観光産業にとって決定的な打撃ではないことが解ります。国内の旅行需要さえ戻すことができれば、十分観光産業は生き延びていけるだけの市場規模を持っているのです。

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