「専門家が政策を決め、政府は介入しない」スウェーデンのコロナ対策
「感情ではなくエビデンスで判断するのが我々の『民度の高さ』だ」という“合理主義信仰”がスウェーデンの国民的プライドだ。コロナ対策においては、公衆衛生庁の「専門家」が政策を決め、「政府」は介入しないとする。そして国民の約7割は公衆衛生庁の対策を支持している。/文・上田ピーター(医師・疫学研究者)
上田ピーター氏
それほど“独自”ではない
新型コロナに関して、私は、スウェーデンの首都ストックホルムで、医師として、入院が必要かどうかの診断や退院後のリハビリに携わり、治療薬の治験も行っています。公衆衛生の研究者として、循環器系疾患と新型コロナ重症化の相関関係も調査しています。その立場から、スウェーデンの新型コロナ対策をご紹介したいと思います。
初めに断っておくと、私は、スウェーデンの政策に対して支持も反対もしていません。新型コロナをめぐっては、さまざまな情報がメディアで飛び交い、スウェーデンでも多くの“素人疫学者”が登場して、SNSなどでさまざまな“見解”を発していますが、そもそも政策を適切に評価できるだけの明確な「エビデンス」はないからです。コストが伴わない対策はないですし、どの道を選んでも、誰かがリスクを負い、コストを負担することになります。
まずスウェーデンの政策に関して、世界では「強制的なロックダウンを避けて独自路線を採った」「集団免疫の獲得を目指して、なるべく多くの人が感染することで事態を早期に収束させようとしたが、結局、失敗に終わった」と報じられています。しかし、こうした「集団免疫論」は、公式には1度も表明されていません。その対策は、実はそれほど“独自”なものではなかったのです。
対策の中身を具体的に見ていくと、まず法律で強制したのは、「高齢者施設の訪問と50人以上の集会の禁止」「飲食店において、客同士の距離をとるための制限」です。「少しでも症状のある人の隔離」は、法的拘束力がない「勧告」として定められ、それを促すために、「医師の診断なしで病気欠勤が許容される期間」が3週間に引き上げられました。
補足すると、以前から1週間を上限として医師の診断なしでも病気欠勤ができ、病欠2日目からは休業補償が出るようになっていました。加えて、今回は病欠1日目も遡って補償されることになり、休みが取りやすくなりました。
「高校と大学のキャンパスの閉鎖とオンライン授業の提供」「可能な限りのリモートワーク」「不要不急の旅行の自粛」「社会的距離の確保」「70歳以上のステイホーム」なども「勧告」として推奨されました。ただし、散歩など、人との接触がない健康維持の運動は勧められました。
「手洗いをする」「他者と距離をとる」「咳エチケット」などのメッセージも、テレビや街中の看板などで流され、スーパーでは、客同士の距離をとるためのシールが貼られ、飲食店では、半分近くの席を使用できなくしました。
法律や警察によってすべてを強制するのではなく、国が情報を提供し、具体的な対応は国民に委ねるという点は、徹底的なロックダウンを行った国とは異なります。しかし、政府の要請と国民の自発的な自粛で対応した日本とは、かなり近いのではないでしょうか。
保育園・小学校・中学校を閉鎖しなかったのは、他国との大きな違いです。それには、いくつか理由があります。
まずスウェーデンでは共働きが普通なので、子供の世話が問題になります。感染拡大で医療機関の負担が大きくなるなかで、休校措置を採った場合、医療従事者の10%が子供の世話のために欠勤を余儀なくされる、という推計が出されました。子供の世話を祖父や祖母が担うと高齢者の感染リスクを高め、本末転倒になる、という懸念もありました。
子供の集団は、感染拡大に加担する可能性は低いとも判断されました。最も恵まれていない子供のいる家庭ほど負担が大きくなるという懸念もありました。
こうした理由から、休校には踏み切らなかったのです。
実質的にはロックダウン状態
その結果どうなったか。「公園でピクニックを楽しむ若者」の写真や「どうしても鰻が食べたいという理由で堂々と外出してインタビューを受けた85歳のお祖母ちゃん」の動画が、“普段通りのスウェーデン”の象徴として出回りましたが、現実の一部にすぎません。
「普段通り公園でピクニックを楽しむ若者」の写真が広く出回ったが……
例えば、4月のストックホルム市内では、車の数が30%減少し、歩行者の数は70%減少しています。公共交通機関の利用は、3月から4月にかけて、60%減少しています。つまり、実質的には、ほぼ「ロックダウン状態」。
70歳以上の高齢者の9割以上は、自主的に外出を控え、ストックホルムの労働人口の45%は、フルタイムでの在宅勤務でした。労働人口の27%は、リモートワークがしにくい教育、医療、介護の仕事ですから、かなり高い割合だと言えます。
ストックホルムマラソン、サッカーリーグ、春祭りなどのイベントもすべて中止。通常なら、4月中旬のイースター休暇には、国民の多くが国内旅行に出かけるのですが、前年比で90%減。ある調査では、「何も特別なことはせず普段通りに行動した」と答えたのは、わずか1%でした。
スウェーデンの対策の目標
時系列で見ると、1月31日に、中国・武漢からの帰国者から最初の感染者が判明しました。
スウェーデンでは2月にスポーツ休暇があって、ビジネス旅行も含めると、この期間に海外旅行した人は、約100万人で、人口の10分の1。当時は、イタリア北部での感染拡大が注目されていたので、イタリアからの帰国者を中心に、診断、追跡、隔離の措置が取られました。公衆衛生庁がみずから出した報告によると、「イタリアからの封じ込めは比較的成功した」とされています。
しかし、その後発表されたゲノム検査によると、スウェーデン国内での感染拡大の由来は、英国、米国東海岸、オランダといった国でした。つまり、イタリア以外の国からの流入が盲点となったのです。そこから、スウェーデン全体というよりも、首都のストックホルムが「ホットスポット」になり、感染が拡大しました。
クラスターの封じ込めから、市中感染を前提として社会全体を巻き込む段階に移行した3月中旬に議論されたのは、「コロナ対策は耐久戦になるが、長期間、ロックダウンと解除を繰り返すことは、精神的にも経済的にも持続可能ではない」ということでした。
公衆衛生庁の戦略の目標は、①医療崩壊を防ぐため、感染のスピードを落とし、感染のピークを抑えること、②高齢者などの重症化ハイリスクの人をなるべく守ることの2つです。「集団免疫の獲得」は、目標にされていません。
スウェーデンのコロナ対策は、政府というよりも、公衆衛生庁の職員により構成される専門家グループが決める構造になっています。感染症防止法には、「対策はエビデンスに基づかなければならない」とも定められています。
多くの国がロックダウンをしましたが、「ロックダウンに効果がある」という明確なエビデンスはない。ただ死者が急増した場合に備えて、小・中学校の閉鎖など、ロックダウンのための法的準備は整えていました。イタリア北部のロンバルディア州のような状況になっていれば、実施していたかもしれません。
また、最悪のシナリオとして、医療崩壊、とくに集中治療(ICU)病床の不足が懸念されました。そこで、術後観察室を改築するなどして、3月時点で全国で約500床しかなかったICU病床を4月中旬までに2倍に増やしました。大学病院がコロナ患者を受け入れるようにして、通常の病床も大幅に増やしました。結局、すべては使われなかったのですが、医療キャパシティは、かなり増強されました。
政府は介入しない
感染症防止法では、国の機関だけでなく、国民も、感染拡大防止対策の主体とされています。国の機関は、エビデンスにもとづいて国民に情報を発信し、国民はその情報にもとづいて対策を行う、と。
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