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亀山郁夫 『罪と罰』のトラウマ
文・亀山郁夫(名古屋外国語大学学長)
「人間は謎です。その謎は解かれなくてはなりません。その謎ときに一生を費やしたとしても、時間を浪費したとはいえないでしょう。ぼくはこの謎に取り組んでいるのです。なぜかといえば、人間でありたいから」
若い日のドストエフスキーの人生にもっとも深刻な影響をもたらした事件が、父親の死である。右の引用は、1839年、父の死からまもなく兄に宛てて書かれた手紙の一節。彼はそこで、その衝撃の正体を問わず語りに打ち明けてみせた。
彼は、父親の死を、「父親殺し」として理解していた。その彼が「父親殺し」の内なる衝動に気づいたとき、彼の人生観にはドラマティックともいえる変容が生じた。その変容こそは、まさに『カラマーゾフの兄弟』の誕生の瞬間でもあったのだ。
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