徹底分析! 巣ごもり“消費パニック”の「勝ち組」「負け組」
スーパーで売れた商品はカップ麺、お米、日用紙製品。サービス業では旅行、宿泊、娯楽が大幅に売り上げを下げた一方、コンテンツ配信は急上昇。コロナ危機に日本人はどんな買い物をしたのか。消費行動・物価動向の専門家が徹底分析!/文・渡辺努(東京大学教授)
駆け込み需要の謎
私は大学で経済学を教えていますが、そのかたわらでクレジットカードの購買記録やスーパー、ドラッグストアなどのPOSデータを集め、日々ウォッチしています。これらは、いわば「日本人のお買い物」のビッグデータ。その内容を分析することで日本全国の消費行動、物価動向がリアルタイムでわかるので、研究の大事なヒントになります。
渡辺教授
リアルタイムのデータを見ていると、いろいろなことがわかります。昨年10月には消費税増税がありましたが、政府がキャッシュレス還元などさまざまな施策を講じたにもかかわらず、前回(2014年)の増税時と同じくらいのレベルで、駆け込み需要と反動減のあったことがはっきりとデータから読み取れました。
さらに不思議なことには、食料品に関しても、わざわざ手間暇かけて軽減税率を適用したのに、今回も駆け込み需要と反動減があったのです。それもまたデータにはっきりと表れました。
この謎はまだ解明できていません。税率は8%のままなのに、なぜ駆け込むように買い物をしたのか? これはおそらく人の心理の問題で、人は別に値段が上がるから買い物をするわけではなく、みんなが買っているから買うという心理があるのだろうと推測しています。
スーパーは特需に沸いた
2月に入り、ダイヤモンド・プリンセス号の乗客の検疫が大きな問題となり、国内でのコロナウイルス感染者数がニュースになり始めたころ、私はひそかに物価が跳ね上がるのではないかと思いながらデータを見ていました。東日本大震災の時は、発生直後からスーパーの売上が上昇しはじめ、6日後には前年比30%以上のピークに達したことが記憶にあったからです。
ダイヤモンド・プリンセス号
しかし、日本人の買い物になかなか変化の兆しは現れませんでした。株式市場は落ち着いたままで、トランプ大統領もぜんぜん意に介さないコメントを続けていました。私もこれはそれほど深刻なことにはならないと考えるようになり、海外出張がキャンセルになったことを残念に思うくらいでした。
グラフ1は、国内の新規感染者数とスーパーのPOSデータ(全国1000店舗の売上前年比)を示したもので、棒線が感染者数、折れ線が前年同日と比較した売上の増減です。
2月後半は、天皇誕生日の一般参賀、東京マラソンの一般参加、各種イベントの中止が続々と発表された時期でもありました。それでも25日までは、スーパーの売上は前年比0〜2%前後の増加で、大きな変化はみられません。ところが26日、突如として前年比5%増になり、翌27日、一気に10%増まで跳ね上がります。そして3月に入り、1〜5日には18〜19%増まで一気に上がっていったのです。この急激な上昇を見て「ああ、やっぱり来たか」と思いました。
通常、前年比で10%もアップすることはありません。5%上がることも珍しい。急上昇した2月27日は、「トイレットペーパーが不足する」というデマが流れ、マスク、消毒グッズに加えてトイレットペーパーなどの紙類が品薄になったと報じられたころです。おそらくそういったニセ情報から小さなパニックが起こり、お客さんがお店に殺到したのでしょう。スーパー、ドラッグストアにとっては“特需”といえる状態でした。
トイレットペーパーが消えた
この特需は2週間続いたあと、いったん落ち着いたかに見えました。しかし3月25日の「感染爆発の重大局面」という小池都知事の発言後、再び増え始めています。
大震災の時は、2週間ほどで落ち着いたのですが、今回はあの時より長引くかもしれません。人間は、「将来、何が起こるかわからない」という異常事態に置かれると、「最悪のケース」を想定して、何とかして自分は生きていけるように行動することが過去の研究から知られています。どんな状態でも楽観的な人がいないわけではないと思いますが、人間の集団全体としてみると最悪を想定して行動するものなのです。
今回も将来、品薄になったり、スーパーやコンビニが閉鎖されたりするのではないかと考えて、人々は食料品や日用品をあわてて買い込んだのだと考えられます。この状態が永く続くと本物の品不足になりかねません。人々が品不足の不安で買いだめに走り、そのために結果として本当に品不足になる。経済学では、こういう状況を「不安が自己実現する」と言いますが、そうなると社会が不安定になります。その事態は避けなければいけません。
一方、クレジットカードの購買データを見ると、別のことがわかります。グラフ2は、3月前半と1月後半のクレジットカードの購買額の比較です。産業分野別にどのような消費が伸びたのか、減ったのかがわかります。
スーパーでの買い物は7%増。これは先ほどのPOSデータを別の側面から見たものと言っていいでしょう。この内訳をみると、実はスーパーでの購入の回数は減っています。その一方で1回当たりの金額は大幅増加です。感染を恐れてスーパーに行きたくない。しかし食料など必需品はしっかり備蓄したい。こういう消費者の思いが伝わってきます。買い物にはモノとサービスがありますが、モノは確実に売れました。特に日常必需品は明らかに売れたわけです。
コンテンツ配信だけが例外
これに対して、サービス業のほうは軒並み記録的な落ち込みになりました。いちばん落ち込んだのは旅行で57%の大幅マイナス。普通の不況の時期でも旅行支出は減ります。しかし一切旅行しないということではなく、ハワイがグアムに行き先変更になるような節約が積もり積もって全体の支出を減らします。しかし今回はそれとは異なり、一切旅行しないという消費者が大量に出てそれが全体の旅行支出を下げています。次に宿泊が37%、娯楽が27%のマイナス。外食も25%のマイナスです。サービスの中で唯一の増加はコンテンツ配信です。消費者が感染を恐れて外出を控え、「巣ごもり消費」が増えたことを反映しています。
おそらく3月後半はサービス業の落ち込みがさらに顕著になったであろうと予想されます。出張も旅行も外食もキャンセルが相次いでいると言われますし、さらに深い落ち込みになるとみています。
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