梯久美子さんの「今月の必読書」…『もういちど、あなたと食べたい』筒井ともみ
“食”を通じて人を見つめる
映画『それから』や『阿修羅のごとく』、テレビドラマ『家族ゲーム』、『センセイの鞄』などで知られる脚本家・筒井ともみが、忘れられない人々を、「食」をめぐるエピソードを軸に回想したエッセイである。
登場するのは、加藤治子、松田優作、深作欣二、北林谷栄、久世光彦、和田勉、岸田今日子、藤田敏八、向田邦子、樹木希林……といった錚々たる顔ぶれ。芸能界だけでなく、佐野洋子、須賀敦子、松本清張などの作家との縁も描かれる。
向田邦子をはじめ、脚本家にはエッセイの名手が多いが、筒井ともみもそのひとり。衒いのない文章の中に、はっとさせられる情景が差しはさまれる。
たとえば、『それから』に主演した松田優作のこと。筒井が松田を思い出すとき、浮かんでくるのは、鍛えられた長身の身体でも鋭い眼光でもなく、指なのだそうだ。
松田は〈根もとから指先までほぼ同じ太さ〉で、〈関節のシワとかゴツゴツもない〉〈手の甲に静脈も見あたらない〉という変わった指を持っていた。あるとき筒井は、松田とカウンターで並んで寿司を食べた。〈不思議なゴム手袋みたいな指〉で静かに寿司をつまむ松田を見て、彼女は奇妙な感覚にとらわれる。
〈このヒト、もしかしたら、アンドロイドじゃないかしら〉
そして、松田があっけないほど早く死んでしまったあと、筒井は思うのだ。まるでアンドロイドが消滅したようだと。
ここから先は
516字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju
文藝春秋digital
¥900 / 月
月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…