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有働由美子×寺島しのぶ 「裸より剃髪の方が抵抗あった」 有働由美子のマイフェアパーソン47

news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、俳優の寺島しのぶさんです。

寺島さんと有働キャスター
衣装協力:有働 ヨシエ イナバ/ロイヤル・アッシャー
寺島 スタイリスト:中井綾子(crêpe)/ヘアメイク:SETSUKO SUZUKI

「寂聴さんが背中に」

寺島 あっ、有働さん、髪切ったんですか。短いのもいいですね。

有働 同じ事務所のマツコ・デラックスさんから伸ばせ伸ばせと言われてきたんですけど、8月にウクライナ取材から帰国したらさっぱりしたくなって。

寺島 よく似合っています。

有働 寺島さんも! 前回お会いしたのは7月。昨年11月に99歳で亡くなった作家・瀬戸内寂聴さんのお別れの会でしたね。寺島さんは映画『あちらにいる鬼』(11月11日公開)で寂聴さんがモデルの役を演じるために剃髪なさった後で。少し生えてきた髪を赤く染めているのが格好よくて、会場中の注目を集めていました。

寺島 そうでしたか?

有働 司会進行役として思わずお話を振らせていただきましたが、寺島さんが寂聴さんとお会いになったことがなかったと伺ってビックリしました。

寺島 撮影前の昨年夏に京都の寂庵(寂聴氏の寺院)でお会いする約束をしていたんですけど、コロナの感染拡大で延期になったんです。その秋に亡くなられたので叶わずじまいで……。映画の出来上がりを見ていただきたかったです。

有働 もしご覧になったらどうおっしゃっていたと思われますか?

寺島 どうでしょう……。私がお世話になっているマッサージ師さんはちょっと霊感があるらしいんです。私がこの映画の撮影を終えて、背中の重みが取れなくてその人のところへ行ったら「そりゃそうだよ。寂聴さんが背中に抱きついて『嬉しい、嬉しい』と言っているよ」って。

有働 エーッ! うんうん確かに寂聴さんなら抱きついていらっしゃったと思います。

寺島 だから本当かなと思いつつも、嬉しかったですね。

坊主生活は楽しかった

有働 『あちらにいる鬼』の原作者は、直木賞作家の井上荒野さん。荒野さんの父である作家・井上光晴さんと母、そして寂聴さんをモデルに男女三人の特別な関係を描いた作品です。寺島さんはなぜ、寂聴さん(がモデルの)役を引き受けられたのですか。

寺島 私はもともと井上荒野さんのファンで、荒野さんの描く静かな狂気が好きなんです。演じてみたい登場人物も多くて、廣木隆一監督と何か映画化できないかと話していた時に、『あちらにいる鬼』なら廣木監督と創りたいと感じたんです。

有働 何か決め手が?

寺島 まず、今年で50歳という私の年齢でできる役を探すのは本当に難しいんです。日本の映画は20代中心で大人向けは客が入らないというのが定説だから、なかなか創られません。けれどこの作品は「それではいけない」と多くの方々が動いてくれた。寂聴さんが51歳で得度式をされているのもあり、やるべくしてやる時が来たと感じました。

有働 その得度式のシーンでは、かつらじゃなく本当に自毛を落とすと決めておられたのですか。

寺島 いや、迷いに迷いました。最終的には、裸になるシーンだってあるのに髪の毛だけ剃らない寺島しのぶは成り立たないんじゃないか、と引っかかっちゃって。最後は「寺島しのぶが寺島しのぶを押した」という感じでしたね。

有働 ここまでやってきた寺島しのぶが、ということですね。いろんな作品に出るたびに周囲をびっくりさせ、お母様の富司純子さんが「それをやるなら私は自殺する」と猛反対するほど濃厚なラブシーンにも挑まれてきましたもんね。髪を剃って感じることって何かありましたか。

寺島 一旦全てがリセットされたような感覚がありましたね。女性でも男性でもない中性的な自分が生まれ、フワーッと肩が軽くなった気がしてすごく楽になりました。坊主生活、めちゃめちゃ楽しかったです。

有働 楽しいのかぁ。私は寺島さんの4学年上ですけど、年を取るほど中性的になっていくので髪くらい伸ばした方がいいんじゃないかって。正直羨ましい。

寺島 有働さんもやってみられたらどうですか?

有働 出家しない身としては、坊主頭って何かの反省で丸めるものというイメージがあってですね……。

寺島 なるほど(笑)。

モテる父ちゃんはかっこいい

有働 この映画では、髪を落とす瞬間に悲しいとか寂しいとかの感情があふれるのかと思ったら、柔らかな笑みをたたえておられました。寂聴さんのたどった道を追体験してみて理解できた心理もありましたか。

寺島 髪を剃ったところで何も変らないんだなと思ったんです。

有働 それはある種の悟りだな。

寺島 自分の体を通して悟りましたね。不倫相手への未練も残っているから直後に会っちゃっているし。出家は一大イベントかと思いきや、もっと楽しく生きるためだったんじゃないかと思うようになりました。廣木監督も過度にドラマチックな場面にはしていないですよね。あくまで生きていく中の一部だよね、と。

有働 確かに。

寺島 綺麗事で終われないのがなんとも人間っぽいなと思います。

有働 今の世の中、不倫みたいな道ならぬことは絶対だめという風潮が強くて自分の感情に蓋をしてしまう人が多いように思えます。この映画の三人は自分の気持ちにきちんと向き合っていますよね。そして特殊な絆で結ばれていく三人の生き様が羨ましくもあります。

寺島 私の場合は、成育環境も特殊すぎて。モテなきゃいけない父親(七代目尾上菊五郎)がいて、周りに女性がいっぱいいて母親が泣いているのを見て「なんで泣くの? モテる父ちゃんかっこいい」と考える子供だったんです。その母親からは「男の浮気なんて犬が電信柱にオシッコひっかけるようなもの」と植え付けられ(笑)。実は先日、井上荒野さんと対談したんですけど、似た空気がビシビシ伝わってきました。

有働 そうか、歌舞伎界と井上家には通じる部分が!

寺島 実際に映画のような家庭で育った人間もいるし、決して手本になるものではないけど、ある人たちが一生懸命生きた愛の話ですよね。そこを生き生きと描ければ、観る人に何か刺さるのではないかなと思って演じました。そもそも人と関わることってすごく素敵じゃないですか。この映画の三人はものすごく深く関わって傷つきながらも、全部自分で思考して行動に責任を負っているところが大人だなと。人のせいにしないところが潔いなと思いました。

有働 出会わないほうが幸せだったとか、傷つくような出会いはしないでおきたいと思う人もいるでしょうけど、寺島さんはそう考えない?

寺島 出会えるものなら出会いたいですよね。

有働 傷ついたとしても。

寺島 傷つきたくはないけど、全力で相手と関わってずっと心をホカホカさせていたい感じがします。

©2022「あちらにいる鬼」製作委員会

共倒れするような恋愛

有働 実際に映画のような激しい恋愛はご経験あるんですか。

寺島 若い頃にしたことはありますね。けど私の場合は頭を剃るような潔い感じじゃなくて、共倒れしてやろうと思う終わり方だったから。全然大人じゃなかったです。

有働 すごっ。どうやって乗り越えたんですか。

寺島 時間じゃないですか。時間しか解決できない。でもその傷ついた経験がなかったら、廣木監督と初めて組んだ映画『ヴァイブレータ』(2003年)が生まれていなかったと思うんです。女優って経験を全部使えるんだな。そんな欲深い気持ちが出てきましたね。どれほど傷ついても「覚えておこう」と考えるようになりました。

有働 自分を客観視されると?

寺島 はい。女優の杉村春子さんは、旦那さんを亡くした時「どんなひどい顔をしているだろう」と思って、葬式中に自分の顔を手鏡で観察していたという伝説があるんです。女優ってそういう性(さが)なのかなと。

有働 凄まじい役者魂。女優という職業は楽しいんですか。

寺島 楽しいですよ。実生活の方が苦しいし大変です。演じている時は、自分が好きなことをやって純粋に楽しめる唯一の時間ですね。

有働 ブログを拝見しても、誰もが羨むような実生活じゃないですか。34歳で素敵なフランス人の方と結婚されて、39歳でかわいい一人息子の眞秀君が生まれて、全然辛そうじゃないような。

寺島 辛いコラムは書けないですからね(笑)。

有働 そりゃそうか(笑)。実生活の何が大変ですか。

寺島 息子のお稽古ごとの付き添いとか、どんなに忙しくても帰宅したらご飯を作って洗濯機を回し、夜中でも犬の散歩に行く。そんな普通の生活があるわけです。家庭では人のためにやることばかりで自分がすり減るというか……うちは私以外皆オスなんですよ。

有働 ワンちゃんも含め。

寺島 そう。だから皆「愛をください」チームなんです。一番大人の旦那くらいちゃんとしろと思うんですけど、一番アムール(愛)の人なのでなかなか大変ですよね。

有働 四六時中、愛をくれと。

寺島 だから『あちらにいる鬼』の撮影中は楽しくて仕方なかったです。こんなにも自由な世界で羽ばたけるんだ! って。

豊川さんは「共犯者」

有働 映画の資料を拝読しまして。相手役である豊川悦司さんが、寺島さんは特別な女優で、この人のためにやろうという気にさせるものを持っているとコメントされているのが印象的でした。

寺島 あら(笑)。豊川さんとはこれまでも廣木監督の『やわらかい生活』(2006年)や、映画『愛の流刑地』(2007年)などで共演して今回久々だったんですけど、ワンシーンやってみて「何も変わっていない、よしっ」と思えました。

有働 何が変わっていないと?

寺島 二人のエネルギーが変わっていなかったなと。それは廣木監督も同じで、きちんと芝居ができるという手応えを掴みました。ここまで仕事で深く関わった役者さんや監督はそうはいないので、単に作品を作るのとちょっと違う感覚もあって。説明しがたいんですけど、「共犯者」みたいな。

有働 共犯者……危険なところまで一緒に踏み込む、みたいな?

寺島 かつ、それを楽しむ。豊川さんに任せておけば何とかなるんですよね。私の自由奔放な動きにも対処しながら、想像していないことをやってくださるので楽しいんです。この映画にも重なるけど、生きている間に豊川さんや廣木監督と出会えて何本もご一緒できることには感謝しかない。なかなかないですよね、良い相手役に恵まれるって。

有働 じゃあ今回は良い相手役で良い監督で、自分が想定していなかったような演技も出てきましたか。

寺島 うーん、自分の演技はなんとも言えないですね。出来上がりを2回見たんですけど、まったく平常心で確認できなかったので。

有働 えーっ! なぜですか。

寺島 自分の粗しか見えなくて。(共演者の)広末涼子さんは出来上がりを見て「感動した」と泣いているんです。私にはそうやって直視するのは無理で、先ほど触れた『ヴァイブレータ』や『やわらかい生活』だって最近になってやっとちゃんと見ることができたくらいなんです。

有働 もっとやれたんじゃないかという気持ちが湧く?

寺島 そうそう。自分の欲はそこはかとないから、色々考え出しちゃって眠れなくなることもあります。仮にもっとやったところで良かったかもわからないんですけど。だから出来上がりは見たくないんです。

有働 (いつの間にか廣木監督が部屋の片隅に座っている)噂をすれば、廣木監督がいらしている。どうでした監督、寺島さんは?

廣木 突然質問が来た(笑)。

寺島 廣木さんも1回編集したらあまり見直さないんですって。

廣木 ラッシュ(製作スタッフが映像を確認するための試写)は見ますが、完成した後はそんなに見ないです。

有働 それは寺島さんと同じ理由ですか。

廣木 そうですね。こうした方が良かったかなと思うことが多かったりするので。

母の真似はできない

有働 寺島さんと豊川さんが一緒にお風呂に入って最後にベッドを共にするシーン。なんとも言えない感情があふれてきてしまって印象的でした。ああいうシーンはどうやって生み出すのですか?

寺島 得度式の前の山場ですからね。撮影を重ねて、得度式のシーンの前日に撮ってもらったので自然な感情が湧いてきた気がします。「ああ、これで最後かな」という気持ちに自然となったし。でも、その最後のベッドシーンで濃厚なまぐわいを演じたんですけどバッサリ切られていましたね。果てた後のシーンから始まっていたので、何だよ、これ、と思いましたね。

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