アップルとかく戦えり 杉本和行(前公取委員長)
高すぎる「アップル税」に日本がメスを入れた。/文・杉本和行(前公取委員長)
杉本氏
巨大プラットフォームとどう向き合っていくのか
米アップルは9月1日、日本の公正取引委員会による調査を受けて、2022年に全世界で規約の一部を変更することを発表しました。書籍や音楽、動画などのコンテンツを閲覧する「リーダーアプリ」について、15~30%の配信手数料を回避できるようになる規約変更をアップルが申し出たのです。「異例の譲歩」という報道もありました。
iPhoneなどで使うアプリは、現状ではすべて「アップストア」からダウンロードしなくてはなりません。これまで、アプリ開発者はそこでアプリを売るために“アップル税”とも言われるような手数料を納める必要がありました。いわば“胴元”に“ショバ代”を納めることにも例えられるようなものです。今回のアップルの決定は、先述のリーダーアプリにおいて、この“アップル税”を払わずに済む、外部の決済手段への誘導(アウトリンク)を認めるというものでした。
これを受けて、翌2日、公取委は規約改訂確認後の調査終了を発表。巨大IT企業への規制強化の動きは世界的な潮流です。日本の公取委も世界最大の企業であるアップル相手に、自由で公正な競争を制約する行為を止めさせる対応を引き出しました。これは日本のイノベーションにとって重要な一歩だと言えます。
アプリを開発する事業者にとっては、30%等の手数料がなくなることで収益改善が見込まれ、コンテンツの価格低下にもつながるでしょう。わが国でのスマートフォン出荷台数の半数近くはiPhoneが占めていますから、スマホなしの生活が難しくなっている私たち一人ひとりにも、今回の決定がもたらす影響は広く及ぶことになります。
しかし、これは第一歩に過ぎません。アップルだけでなく、GAFAと呼ばれるグーグルやフェイスブック、アマゾンといった世界を股にかける巨大プラットフォーム企業とどう向き合っていくのか。このことは、わが国の経済や社会に突きつけられている重要な課題なのです。
今回の“アップル税”問題には、私が公取委員長だった2016年2月から調査に取り組んできました。まず、経済産業省と連携を取りながら関係者への聞き取りを進めていくと、事業者がアプリを「アップストア」で販売しようとすると、逃れようのない形で手数料を徴収されることが明らかになった。これは事業者に対して不当な不利益を与えており、自由で公正な経済活動、企業間の競争を阻害してはいないか、という懸念を有するにいたったのです。
世界に広がるGAFA包囲網
アップルとの厳しい議論
公取委は、戦後の1947年に施行された独占禁止法の執行機関として設立されました。独占禁止法の最大の要諦とは、自由で公正な競争が確保される市場という環境を守ることです。アップルが「リーダーアプリ」に関して決済手段を拘束し、“アップル税”を取ることで自由で公正な競争を阻害し、不当な利益を得ているのだとすれば、それは公取委として関心を持たないわけにはいきません。公取委とアップルの間では、相当に厳しい議論の応酬が繰り広げられました。
この調査は今回の調査終了の発表にいたるまで、約5年の歳月を要しました。守秘義務等の障壁もあって、アプリ開発者などの事業者側から実態を聞き取ることに時間がかかったものと思います。アップル側も、当初は「まったく問題ないだろう」と考えていたはずです。
一つの転換点になったのは、「ケンブリッジ・アナリティカ事件」ではないかと思います。2016年の米国大統領選で、SNS最大手であるフェイスブックから選挙コンサルティング会社であるケンブリッジ・アナリティカに8700万人もの個人情報が不正流出したことが、2018年に発覚。それらの個人情報が世論操作に使用されたのではないかと、批判が噴出しました。
膨大な個人情報を含むデータを一手に集め、そのデータがユーザーにとって思いもよらない使途に用いられてしまった恐れがある。ケンブリッジ・アナリティカ事件は、巨大化したプラットフォーム企業の行動が危険性をはらんでいることを世に知らしめました。「フォートナイト裁判」も関心を集めました。アップストアでダウンロードができる人気ゲーム「フォートナイト」を開発したエピックゲームズが、昨年8月に“アップル税”を反トラスト法(独占禁止法)違反ではないかと訴え、その課税を回避する外部決済システムをゲーム内に導入しました。アップルはこの動きを受けて、フォートナイトをアップストアから除外したのですが、これが、世界的に議論を呼び起こしました。この件も、今回のアップルによる外部決済(アウトリンク)を認めるという決定に影響したのではないでしょうか。
9月に新発売されたiPhone 13
「グーグル断ち」は不可能
今回のアップルの問題に限らず、日本の市場や経済を守るために、巨大プラットフォーム企業といかに向き合うかを考えなくてはいけません。20世紀末に始まった経済のデジタル化は急激に日々の生活を変化させていますし、そのデジタル情報が価値を生む「データ本位制」の世界に私たちは生きているからです。
現代人はSNSやメッセンジャーアプリ、メールなど、毎日何らかの形でそれらのサービスに接したり、更新したりすることなしに生活することは、ありえないのではないでしょうか。「グーグル断ち」「アマゾン断ち」の生活を想像することは、正直に言って、ほとんど不可能に近い。アマゾンはパソコン上でワンクリックして頼めば翌日に届くことも多いですし、消費者に多大な便益を与えていることは否定できません。私自身の生活を取ってみても、自宅に帰るといつも家内がアマゾンで頼んだ配達の段ボール箱が部屋に積んであり、それらを処理してごみ収集所に持っていくことが、私の家庭での大きな仕事になっているわけです(笑)。出品している中小事業者にとっても、市場の拡大という効用を持つサービスです。
その一方で、デジタルプラットフォーム事業は“勝者総取り”になる傾向があります。デジタルプラットフォーマーは便利なサービスをまずは多くの人に使ってもらい、そのデータを利用することで製品・サービスの性能向上につなげる。サービスの質が改善されると、ますます多くの人に使ってもらえるようになり、さらなるデータの蓄積が可能になる。こうした「ネットワーク効果」により、特定のプラットフォームへの利用者の集中がさらに進むことになります。
これまでの経済活動であれば、生産能力には一定の限界がありました。しかし、グーグルのサービスは1万人が使う場合でも1億人が使う場合でも、製造業のような生産ラインの増大や投資が必要になるわけではありません。プラットフォーム企業は事業を拡大しやすく、そのため市場支配力が強い事業者が容易に出現してしまう。少数に多大な利益が集中するという独占・寡占状態になりやすいのです。
日本はGAFAの下請けに?
公取委が拠って立つ、従来の独禁法の考え方で重視されていたのは「価格」でした。カルテルや談合によって、不当に価格が釣り上げられていないかをチェックする。ですが、今のプラットフォーム企業による独占状態は、この考え方では理解することができません。グーグル検索は無料でできますし、SNSのアカウントも無料で作成できます。アマゾンは他の通販サイトよりも品揃えが豊富で、安く、かつ便利です。
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