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出口治明の歴史解説! アメリカが起こした最も愚かな戦争は?

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年7月のテーマは、「アメリカ」です。

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※本連載は第37回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】アメリカは「世界の警察官」といわれていますね。ところが、トランプ大統領の動きを見ていると、孤立主義を深めていて、その地位を放棄したがっているように見えるのですが。


「世界の警察官」とは、圧倒的な軍事力で世界の秩序を守る大国という意味です。第二次世界大戦後は、主としてアメリカがその役割を担ってきました。「パクス・アメリカーナ」、つまりアメリカ主導の世界平和の時代だったとされています。

アメリカが「世界の警察官」という立場に立てたのは、第二次世界大戦後の世界でGDPがぶっちぎりに高かったからです。突出した経済力があれば、そのお金で軍事力も強化できる。当然のことです。

東西冷戦の時代は、アメリカなど西側(資本主義陣営)に対抗した東側(社会主義陣営)の盟主だったソ連の軍事力も強大でした。しかし、ソ連が強かったのは主として陸軍でした。どれだけ陸軍が強くても、たとえば、海を越えた大陸で戦うとなれば兵士を運ばないといけません。世界の警察官になるには海と空の軍事力が重要ということです。その点、アメリカは海と空の強さが圧倒的だったのです。しかも、アメリカとソ連による冷戦は、経済力に勝るアメリカの勝利に終わり、ソ連は国家自体が解体することになります。

冷戦が終わって30年以上経ったいま、世界各地の海で航空打撃群を常に稼働させ、実際に武力攻撃を行った経験があるのはアメリカだけです。中国なども空母を持っているじゃないかという意見もあるでしょうが、イラク戦争などで実際に空爆を行った経験をも豊富に持つアメリカ軍と空母を実際の戦闘に使用したことのない中国軍では、経験のレベルが違います。

アメリカは加えて海からの上陸戦も得意で「殴り込み部隊」とも呼ばれる海兵隊を保有しています。この「空母打撃群+海兵隊」は、世界史上でも特筆すべき強力な攻撃力です。敵国の近くに空母を集めて、まず飛行機で空から爆撃し、海兵隊が上陸すれば一気に攻め落とせます。

「核兵器は?」という声が聞こえてきそうですが、あまりにも双方の被害が大きくなるため、実際の戦争では使えません。そうなると、現実に使える機動力の差がものをいうのです。

アメリカの軍事費は、2019年でおよそ80兆円と世界の38%ほどを占めていました。二位の中国は推定で29兆円ですから3倍近くです。

以上のようなファクトを踏まえて、質問の「アメリカが世界の警察官をやめたがっている」という話を考えてみましょう。僕は、アメリカはいまの地位を放棄しないと見ています。中国にGDPで追い上げられたといっても、アメリカ経済は3%成長が続いています。ベンチャーなどの起業も盛んです。さらに移民によって人口も増加している。圧倒的なトップの座にいて、これからもさらなる成長を続ける覇権国が、自らその優位を捨てて、二番手の国に追いつかれるような政策を選択する理由が見当たりません。

トランプ大統領が前回の選挙中から「もう警察官やめたろか」と繰り返してきたのは、「自国ファースト」のアピールですから、それ以上の意味はないでしょう。あるいは、他国とのディールをうまく運ぶためのブラフ(はったり)かもしれません。深い考えはなさそうなので、それほど気にしなくていいでしょう。

【質問2】アメリカは建国以来、いくつもの戦争を経験してきました。そのなかで最も愚かな戦争はどの戦争でしょうか?

アメリカが大きな犠牲を払った愚かな戦争といえば、先ずベトナム戦争(1955~1975)が思い浮かびます。さまざまな映画やドラマ、ノンフィクションが生まれ、これまでも多角的分析、検討がなされてきました。

しかし、愚かさという意味で、今回一番に挙げたいのは2001年10月からつづくアフガニスタン戦争でありイラク戦争です。2001年9月11日にアメリカ各地で起きた同時多発テロ事件への報復として、ジョージ・ブッシュ大統領がはじめた一連の戦争のことです。

ベトナム戦争も愚かだったとはいえ、まだ「共産主義勢力の南進を食い止める」という、一応西側世界が共有できる大義名分がありました。しかし、アフガン戦争にはそのような世界を巻き込む大義名分は見当たりません。

プロイセン王国(1701~1918)の将校だったカール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)は著書『戦争論』で「戦争は政治の延長だ」と述べました。第一に何らかの目的があり、そのために外交を進め、あるいは戦争に至るという意味です。

ところが、アフガン戦争はただのテロへの復讐です。しかも、首謀者とされたビンラーディンをかくまったという理由で、アフガニスタンを支配していたターリバーン政権への攻撃を行いました。その政権を倒したあと、どういった国家を作るのかという戦後プランを用意しないで攻撃をはじめました。あれから20年近くたっても、アフガン情勢は泥沼化したままで一向に解決していないのです。

そのブッシュ大統領が2003年3月にはじめたイラク戦争も愚かな戦いでした。「大量破壊兵器を持っている」という情報を頼りに、英国などの賛同を得て「大義名分」を得た形にしてはいましたが、フランスをはじめ多くの国が、戦争反対を表明した中での開戦でした。実際には大量破壊兵器は見つからず、さらにフセイン政権を倒したあとのプランもありませんでした。イラク国内の治安は悪化し、アルカイーダやISの台頭を許したことはまだ記憶に新しいところです。

この間の意思決定について詳しく知りたければ、コンドリーザ・ライスの『ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日』を読まれるといいでしょう。彼女は、ブッシュ大統領の下で国家安全保障担当の大統領補佐官、国務長官を務めました。その8年間について綴った回顧録です。僕は彼女のことを愚かな戦争の推進者の一人として、あまり評価していなかったのですが、本書を読んで考えが変わりました。

丹念に読むと、ブッシュ大統領があまり物事を深く考えていなかったことがよくわかります。ライスのような賢いブレーンがいても、最終的に意思決定を下すリーダーの資質が何よりも重要だ、という教訓を読み取ることができます。

(連載第37回)
★第38回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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