トランプ政権からバイデン政権へ……「分断国家アメリカ」200人の肉声
2カ月、1万キロを走破して、傷だらけの国家に住む人々の本音を聞いて回った。/文・村山祐介(ジャーナリスト)
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▶︎テキサス州から始まった「トランプトレイン」というトランプ支持者たちの草の根運動は、選挙後も週2回開かれている
▶︎バイデンが奪還したラストベルトでは、断絶はいっそう深まっている
▶︎パラレル化が進む社会の一方で、Z世代と呼ばれる若い世代は、分断から距離を置いていた
傷だらけになった超大国
米大統領選で史上最多の8100万票を得た民主党の前副大統領ジョー・バイデン(78)が1月20日、第46代大統領に就任する。だがその双肩には、共和党の大統領ドナルド・トランプ(74)に「もう4年」を託した史上2位の7400万票がのしかかる。約2カ月間かけて車でアメリカ大陸を1万キロ超走り、約200人に話を聞いた取材で見えたのは、「パラレルワールド」とすら思えるほど分断し、傷だらけになった超大国の姿だった。
「まだ終わっていないぞ!」「選挙を盗むな!」
テキサス州最南部のメキシコ国境の町マッカレン。2020年12月5日午前10時、雨のなか、トランプの旗を掲げたピックアップトラックなど20数台が、派手にクラクションを鳴らしながら幹線に滑り出た。
小1時間パレードした後、約30人が歩道に並んだ。雨は上がったが、気温は10度。手をこすりながらトランプの旗を振る彼らに、クラクションのエールが送られた。
「トランプトレイン」
列車にもみえるこのイベントはそう呼ばれる。選挙戦後半、トランプ支持の草の根運動として全米各地に広がった。この町で初めて開いたときは5台だったが、投開票日の11月3日は約3000台が集まったという。選挙が終わった今なお、週2回開かれている。白人の元石油採掘事業者ゲイリー・グローブス(65)は「アウトサイダーのトランプがワシントンの淀んだ沼でアメリカのために戦っている。だから我々も選挙の不正に立ち向かう」と力説した。
既得権益と戦うアウトサイダーだからこそ、ディープステート(影の政府)がつぶしにかかる。そんな物語に共感した支持者が「トレイン」を組んで街に繰り出し、熱を広げていく。選挙不正の訴えもその物語の続編として彼らを駆り立てている。
「トレイン」が行き交う国境沿いはヒスパニック系が9割を超える民主党の牙城で、前回の選挙では「壁を建てる!」と訴えたトランプがメキシコ人を「強姦魔」と呼んで惨敗した地だ。それが今回、マッカレンのあるヒダルゴ郡、隣のスター郡で得票率が急伸し、さらに隣のザパタ郡では共和党候補として100年ぶりに対立候補を上回り、「なぜ?」と全米メディアの注目を集めた。
その背景には、地元の雇用への不安と政治風土が絡まっている。
勝利宣言するバイデン
脱石油への抵抗
民意が大きく動いたのは、10月22日の大統領討論会だった。
バイデンは「石油産業は深刻な汚染源だ。再生可能エネルギーに置き換わらなくてはならない」と地球温暖化対策を優先する考えを明言。スター郡の共和党委員長でヒスパニック系のロス・バレラ(55)は「あの一言が絶大だった」と振り返る。「この辺は働き口がないから、10時間走って石油掘削の街まで出稼ぎに行くんだ。あの話を聞いて、みんな仕事を失うって色めき立ったよ」
バレラも「トレイン」を3回開いた。「前はメキシコ系なのにトランプ支持なんてとんでもないという感じだった。でも旗を手に大勢集まったのを見て、『なんだ、支持してもよかったんだ』と気づいたんだ」
元々メキシコ系は敬虔なカトリック信者が多い。元中学校教諭でヒスパニック系のマリア・エリア(72)は支持の理由に「保守性への自覚」を挙げる。「家族観や勤労精神といった考え方は保守的なのよ。これまで民主党に投票するものと思い込まされてきたけれど、誰も私たちのことなんて気にかけてくれなかった。忘れられていたの」と言った。
トランプは劣勢と見られていたフロリダ州でも、キューバ系が3割を占めるマイアミ・デイド郡で前回の選挙から22ポイントも差を詰めて死守した。キューバ系やベネズエラ系の人と話すと、「アメリカを社会主義にするわけにはいかない」と冷戦期さながらの口ぶりだった。
サウステキサス大教授でヒスパニック系のトリニダード・ゴンザレス(52)は「民主党はいつも通り投票してくれると当て込んでいたが、トランプはテキサスでは石油産業保護、フロリダでは反社会主義と、地元の心配に目配りしてメッセージを変えていた。それが草の根運動で劇的なシフトになった」と分析する。
トランプが大統領になって4年。表舞台を闊歩するようになった支持者と、反対派住民の対立も深まる。
「デファンド・ザ・ウォール」(壁に資金を使うな)
マッカレンから車で3時間北西に走った国境の町ラレドの裁判所前の路面には、約140メートルにわたって黄色のペンキで文字が描かれていた。ヒスパニック系の主婦メリッサ・シガロア(54)ら壁に反対する市民団体が8月に描いたものだ。「壁はメキシコと結ばれてきた私たちの文化的なアイデンティティへの攻撃で、到底受け入れられません。ばかげた人種差別のモニュメントです」
完成1カ月後、「トレイン」がこの路面に迫った。地元メディアによると約4000台が集まったが、偶然ペンキの塗り直し中で通行止めになっており、事なきを得た。「町を侵略しに来た感じで、極めて攻撃的でした。シンボルとしてこの路面を踏みにじろうとしていたのは明らかでした」
国境の壁
白人保守層の「守護神」
日本ではその言動や疑惑で批判を浴び続けている印象が強いトランプだが、新型コロナによる死者が30万人を超えても、経済の苦境が続いても、国内での支持率は4年間、ほぼ一貫して4割を保ってきた。「岩盤」と言われるゆえんだ。その熱を感じたのが10月9日、ペンシルベニア州グリーリーの山奥の銃量販店で開かれた支持者の集いだった。
ホルスターに拳銃を下げたキリスト教福音派の牧師、カウボーイ姿の銃規制反対派、胎児の人形を手にした人工妊娠中絶反対派、退役軍人。
見た目も主張もバラバラだが、キリスト教に基づく保守の価値観を共有する「岩盤」の核をなす人々だ。両腕に入れ墨をした極右活動家もいた。集会自粛が呼びかけられるなか、3日間で5000人以上集まった。マスク姿の人はほとんどいない。
トランプのグッズ店や銃愛好家団体など約30のブースが並び、マシンガンの試射もできる。夜に開かれた「トランプ支持の愛国者ディナー」では、共和党の下院選候補者が「世俗的なメディアやリベラル派に目もくれない大統領だ」と気勢を上げた。その後、トランプの名や似顔絵が刻印された特製サブマシンガンが2900ドルで競り落とされた。
最高裁判事に保守派を3人も指名したり、エルサレムに在イスラエル米大使館を移転したり、人工妊娠中絶反対派の集会で現職大統領として初めて演説したり。米国で4人に1人を占めるとされるキリスト教福音派の白人牧師ゲイリー・ハスケルはトランプを手放しでほめたたえた。
「彼は公約を守ってきた。ビジネスマインドが素晴らしく、コロナ前までは経済も実にうまく行っていた」
参加者の口ぶりににじむのは、白人保守層の価値観が切り崩されている、との切迫感だ。白人牧師マシュー・ゲデスは聴衆数10人を前に「ディープステート」による謀略を説いた。「アメリカをじわじわとリベラル化するたくらみが仕掛けられています。1960年代前半に米国民の思想を改造しようと始まりました。真の狙いが分かりますか。神を排除してしまうことです」
1960年まで人口のほぼ9割を占めていた白人は、2045年には半数を割ることが確実視されている。「ポリティカル・コレクトネス」(政治的正しさ)の風潮が強まるなか、トランプは口に出しにくい白人保守層の不満や焦りを代弁し、異論に臆せず行動に移してきた、と支持者には映っている。
白人の小児科看護師ジョアン・ロッキー(48)は「もう黙っていられない。彼は私たちがいるべき場所に連れ戻してくれている」と言った。
愛国者を誇れる時代に
トランプの決め台詞「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」(MAGAと略される)に喝采を送る支持者は、どんな時代に戻りたいのか。トランプ支持が8割を占めるジョージア州トリオンで10月24日に開かれた「トレイン」で尋ね回ると、多くの人が思い描いていたのが1950年代だった。黒人のバスの座席をめぐって1955年に起きた「バス・ボイコット」事件を契機に、人種差別撤廃を求める公民権運動が燃え広がる前の時代だ。
「俺が育った50年代はみんな節度があって、聖書に親しんでいた。そのころの価値観を取り戻すことだな」(造園業ジョン・アグニュー、76)
「50~60年代に抗議行動やベトナム反戦運動が始まって、対立が生まれていったの。それ以前の、もっと一体感があった時代を取り戻そうとしていると思う」(共和党ボランティア、ダイアン・プレモンス、70)
若い世代も憧れを抱いていた。白人の不動産鑑定士ニック・ウィホック(34)は「いまは愛国者というと恥ずかしい感覚があるけど、愛国者を誇れる時代に戻りたい」
トランプトレインの参加者
ラストベルト争奪戦
大統領選の明暗を分けたのが、ラストベルト(さび付いた工業地帯)に位置するペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガンの三州をバイデンが奪還したことだった。
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