池上彰さんの「今月の必読書」…『エンド・オブ・ライフ』
「命の閉じ方」をどう考えればいいのか?
団塊の世代もみんな70歳代。終活を意識するようになった人も多いことでしょう。私たちは、どのように「命の閉じ方」を考えればいいのでしょうか。ついそうした本を手に取ってしまうのは、私もまもなく70歳になるからかも知れません。今度はこの本のページを開きました。
著者の佐々涼子氏は、『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』で開高健ノンフィクション賞を受賞しました。海外で不慮の事故などで亡くなった日本人の遺体を出迎え、遺族に引き合わせるまでに死化粧を施す職業の人に焦点を当てた作品を世に問いました。この仕事の厳粛さ。こういう仕事があるのだという感動を覚えながら、死を看取るとはどのようなものか考えさせられました。
次に佐々さんが取り上げたのが東日本大震災で大打撃を受けた製紙工場の人々の奮闘ぶり。ここでも大津波によって流されてしまった人たちの数多くの死が語られました。残された人たちの人生も。
そして今度選んだテーマは在宅医療でした。取材を続けるうちに、取材で友人になった男性の訪問看護師が癌になってしまいます。かくしてテーマは知人の「命の閉じ方」になっていきます。
佐々さんは述懐します。「死をテーマに取材を続ける私は、人の不幸を書くことを生業としたことに、どこかで言いようのない違和感を覚えていた。当たり前のことだが、私も特段不幸が好きなわけではないのだ。しかし、矛盾するように、死をテーマとする執筆活動をどこかで望んでいる自分もいた。私は不幸を嫌いながら、不幸をのぞき込むのをやめられない。そして、そんな自分自身に倦んでいた」
佐々氏本人も心身を病んでしまったのです。それが、やっと回復したところで、友人の癌の知らせを受けてしまいます。余命は限られていました。その友人は、こう言います。「抗がん剤を入れようが、免疫療法や、自然療法をしようが、移植しようが、あきらめようが、その人には『持ち時間』というのがあるんです」
作品は、訪問看護師に密着して取材をしていた2013年と、彼が癌になった2018年、そして2019年を行ったり来たりする構成です。この手法が、多数の患者を看取ってきた訪問看護師本人が癌になるという状況を巧みに描いています。
この書の中には、著者の父親の介護を受けて来た母親を見送るシーンも登場します。死が身近なものとして忍び寄ってくるのです。
「死を見慣れてしまうことの罪悪感も次第に薄らいでいくことに、私はもう逆らわないことにした。花が散り、若葉の季節が来るように、人は代替わりをしていく。(中略)私の命日は、いつの季節になるのだろうかと考えた。しかし、それは恐ろしいものではないような気がした」
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