加古隆 「映像の世紀」の音楽とは
文・加古隆(作曲家・ピアニスト)
私は日本とフランスの音楽大学で作曲を学び、いまは自作の曲をコンサートで演奏する一方、映画やテレビの音楽も手がけています。NHKスペシャル「映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」が生まれたのは1995年。初回の放送が終わるや否や、テーマ曲の問合せが局に殺到したと聞き、とてもうれしく思ったものです。
番組は「新・映像の世紀」「映像の世紀プレミアム」とシリーズ化されました。その大きな魅力は、変わらず流れる私の曲だと言われることもありますが、なによりも素晴らしい番組と出会ったから、ここまで知られるようになったわけで、とても幸せな曲だと思っています。
「パリ燃え」のモティーフが最初に浮かんだときは、ショパンの「雨だれ」のようにとても哀しげな雰囲気だったので、ドキュメンタリー番組にはふさわしくないと、諦めかけていました。まさにその時、番組のオープニングを飾る短いCG(コンピューターグラフィックス)の映像が届いたのです。歴史上の人物や事件の名前や写真などがスピーディーに飛び交う、非常に斬新なコラージュ・デザインを繰り返し見ているうちに、「そうだ、あのメロディーをもっとテンポを上げて勇壮に演奏してみたらどうだろうか」と思いつき、CG映像を見ながら力強く弾いてみたのです。ああ、この曲でいける! と思った瞬間でした。
世界各国に残された映像と歴史を作り上げた人間。それらに思いを馳せながら、100年という壮大な時のロマンを謳う、という思いでオーケストラ作品に仕上げました。気持ちとしては「アラビアのロレンス」のような大河歴史映画のテーマ曲を目指しました。
番組では世界中のあらゆる国や民族の映像が出てくるので、それに合わせたリズムなど、多くの音楽要素が必要です。ご担当者からは、「100年だから100曲作って……」という話があったので、アレンジ違いなどを含めて本当に100曲まで作ったら、「100と言ったら20数曲は出てくるかなと思っていた」と、後で聞かされました。
「パリは燃えているか」という曲名は、第二次世界大戦時、ナチス・ドイツが、パリを破壊しようとした作戦に由来しています。爆破を命じたヒトラーが、パリを占領していた部下に、「燃えているか」と聞いたとされています。
自分の留学中の体験を通し、「パリ」という言葉からは人間の生活や文化、ひいては歴史を象徴的に感じますし、「燃えているか」という言葉には、同じ人間の繰り返す戦争や破壊のイメージが暗示されています。しかし、パリの運命は消されることなく現在、私達の前に残されているのです。
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