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新聞エンマ帖 報道にもの申す サッカー日本代表への「忖度」、「円安・物価高」に右往左往

★政権・企業追及の「企業努力」

これぞ「聞く耳」のしたたかさと言うべきか。岸田文雄首相は通常国会閉会から2日後の6月17日、愛知県豊田市にあるトヨタ自動車元町工場を視察した。

「世界のトヨタ」のお膝元に乗り込んで豊田章男社長と懇談、秋以降に首相と関係閣僚、自動車会社トップらによる対話の場を設けると表明したというのだから、誰が考えても露骨な参院選対策ではある。ただ、知りたいのは、真の仕掛け人は誰か、本当の狙いは何かといった視察劇の裏にあるものだろう。

時事通信は「岸田首相、トヨタで賃上げアピール 異例訪問、立民は警戒」と見立てた。「政府筋」の情報に基づいて国民民主党のトヨタ労組出身議員が昨年末の参院予算委員会で「自動車整備士と車座対話をしてほしい」と要請したことが「きっかけ」だったと書く。

つまり、仕掛け人は国民民主党で、背景には「国民と連合を取り込むことで野党共闘の分断を図ってきた」自民党の思惑があり、立憲民主党が自民、国民両党の「連携を警戒する」とみるのだろう。

だが、それならなぜ、トヨタの社長がこうまで前のめりになるのかが分からない。その点で1日の長ありと思ったのは、産経と朝日の翌18日朝刊の解説記事だ。

産経は、首相の視察は「豊田氏が打診を重ねた末に実現した」と明かす。背景には、脱炭素化に向けてガソリン車からEVへの移行が進めば雇用が失われるとの「業界の危機感」があると指摘し、全トヨタ労働組合連合会(全ト)も「経営側に歩調を合わせ、与党寄りの動きを見せる」と補足した。

朝日はさらに歴史を踏まえて今回の異例さを浮き彫りにする。「トヨタでは長らく経営側は自民を、労組側は旧民主党系を支援する体制が続いていた」と指摘する一方、昨年の衆院選で旧民主党系の組織内候補が出馬を取り下げた一件を挙げて「最近は全ト側が自民、公明両党と連携を模索する動きがある」とした。

労使が政党支援で「住み分け」してきた歴史が「一体化」へと変貌しつつあるということか。だが、疑問は残る。住み分けを排することに労組側の抵抗はないのか。社長の圧力はなかったか。組合員35万人を誇る巨大労組の「変質」を連合は指を咥えて見守るだけか、などなど。

経済紙である日経の朝刊記事は「車業界と対話の場設置へ」などと、見出しも中身も淡白に過ぎた。政権と企業を追及する新聞の「企業努力」がもっと必要ではないか。

★サッカー日本代表への「忖度」

緩いのは参院選報道だけではない。

14日のキリンカップ決勝で惨敗したサッカー日本代表に対する筆の甘さには驚いた。近年流行りの言葉を使えば、まさに「忖度」以外のなにものでもない。

ホームの利を生かして優勝すれば、11月のワールドカップに向けて1番の勢いづけになっただろう。しかも世界ランキング23位の日本と35位のチュニジアの闘いだ。

ところが酷い出来だった。筆者もテレビで観戦したが、相変わらず攻撃陣は絶好機を外しまくり、守備陣は裏を取られ連携ミスを重ね、PKを献上。リードを許しても、自陣でパスを回し続け、サイド攻撃にただ頼るばかり。終わってみれば、0対3の完敗である。

それなのに、翌15日の各紙の朝刊は惨敗の責任を問う迫力がまるでない。

例えば朝日は「ミスから失点 屈辱の完敗」と見出しは仰々しく、自陣でのパスミスから許した失点について「1次リーグで戦うドイツ、スペイン相手の大一番なら致命的な1失点だろう」とワールドカップへの不安に言及した。だが、追及の筆はそこまで。「オーレ」とのワッペンが付いた戦評記事は最後、「危機感を深める上では、意味のある惨敗だったのかもしれない」と妙に優しい。

産経も決定力を欠いた当のFW鎌田が「大事なのはW杯」と語った敗戦の弁を「前を向く」と評し、「この日の教訓を成長につなげる」と楽観する。

言うまでもないことだが、これが自公政権や立憲民主党が相手だったら「意味のある惨敗」とか「教訓を成長に」とか書いて済ませるはずもない。

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鎌田大地

読売には「ミス連発 吉田『試合壊した』」との見出しがあり、一瞬おっと思ったが、記事を読んで拍子抜けした。主将のDF吉田が来季の所属先が決まっていない現状に触れ、「10年以上日本の最終ラインを支えてきた名DFが、岐路に立たされている」と書く。おいおい、岐路に立つのは日本代表だろう、と思わず口に出して突っ込んでしまった。

もっとも、試合後の森保一監督インタビュー自体が酷かった。サッカー情報誌のネット記事で一問一答を確認すると、「W杯前に今日のようなミスが出てよかったと思うか」「4連戦の疲れもあったか」などと、まるで助け舟を出す風だ。

監督が「選手たちに責任はない。このままトライを続けてほしい」などと他人事のような答えを続けても、采配ミスなど監督自身の責任を追及しようともしない。これが忖度でないなら何なのか。

たかがサッカーでそこまでムキにならずとも、と思われるかもしれない。だが忖度が自省や反転攻勢の芽を摘んでしまうのは、政治と同様、惜しいと思う。

★ジャーナリズムの基盤は中立性だ

読売新聞によるキャンペーン報道には感心すると同時に、少なからぬ違和感を抱く。6月7日朝刊の1面トップから始まったスポーツ賭博に対する批判である。トップ記事は「スポーツ賭博 解禁案 経産省議論へ 猛反発は必至」「八百長や依存症 懸念」との見出しで、スポーツの試合結果やプレー内容を賭けの対象とする「スポーツベッティング(賭け)」の解禁に向けて経済産業省が取りまとめた素案をつかんだことをスクープした。

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