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日米豪印「クアッド」で台湾を守れ! 米中“新冷戦”のフロントライン

台湾有事となれば、日本は必ず巻きこまれる。/細谷雄一(慶應義塾大学教授)×梶原みずほ(朝日新聞編集委員)×山下裕貴(元陸将・千葉科学大学客員教授)

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日米の共同文書に「台湾」が明記されたのは、1969年の佐藤栄作首相とニクソン大統領との会談時以来。歴史的な出来事だ
▶中国の台頭により、米中による“新冷戦”が始まった。そのフロントラインは日本や台湾になる
▶重要なインドは民主主義陣営に引き込んでおきたい。中国側に行かないようにするのに、クアッドは効果的な装置になるだろう

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(左から)細谷氏、梶原氏、山下氏

世界の最重要地域が移行した

梶原 4月16日に米ワシントンで開催された日米首脳会談は、日本にとって大きな“ターニングポイント”となりそうです。共同声明では「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記され、台湾に対する軍事的圧力を強めている中国に対してはっきりと牽制する内容となりました。

山下 これ以前に、日米の共同文書に「台湾」が明記されたのは、1969年の佐藤栄作首相とニクソン大統領との会談時だと盛んに報じられましたね。実に半世紀ぶりですから、歴史的な出来事でした。

細谷 注目すべきは、「インド太平洋地域、そして世界全体の平和と安全の礎となった日米同盟を新たにする」との文言が盛り込まれた点です。ここで私が思い出したのが、1941年の大西洋憲章です。米英間で第二次世界大戦後の国際協調について取り決めたものですが、これはあくまで、「大西洋」の平和のためのものだった。今回の日米共同声明で重要視された地域は「インド太平洋」。80年たって世界の最重要地域が移行したことをはっきりと感じました。

梶原 「自由で開かれたインド太平洋」が、これからの日米関係や国際協調における重要なキーワードとなりますね。「インド太平洋」は、太平洋とインド洋、2つの大きな海を結ぶ広域的な地域概念のことです。アメリカ太平洋艦隊がインド洋を担当地域に入れたのは1972年で、インド太平洋という概念自体はかなり前から存在していました。

それが表に出てきたのは2018年。「一帯一路」構想を押し進め、海洋進出を活発化させる中国を警戒し、国防総省は名称を「太平洋軍」から「インド太平洋軍」へと変更しています。元太平洋軍司令官のハリー・ハリス大将に取材したことがありますが、中国の脅威に対抗するために、意図的につくられた地域概念であると語っていました。

山下 米ソ冷戦の時代は、戦域はヨーロッパ。そのなかで、西側諸国のフロントライン(最前線)は、鉄のカーテンがかかっている西ドイツでした。それが冷戦終結後は、中国の台頭により、米中による“新冷戦”が始まった。ここでの戦域はまさにインド太平洋であって、フロントラインは日本や台湾になる。先日の日米首脳会談も、そのことを強く意識したものとなっていました。

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日米共同声明は「台湾」に言及

「ABCD包囲網」との共通点

梶原 このような世界的潮流の中で、現在動きが加速しているのが、日米豪印戦略対話「クアッド」です。クアッドとは、英語で「4つ」を意味します。今年3月12日には、初のオンラインでの首脳会談が開催され、今年末までにはリアルの対面会談も予定されています。

山下 そもそもクアッドの構想はどこから始まったか。実は、きっかけを作ったのは日本でした。第1次安倍内閣の2007年、当時の安倍晋三首相がインド訪問時に、日米豪印四カ国での戦略対話をおこなうことを呼びかけました。

細谷 雑誌『外交』に掲載された安倍前総理のインタビューを読んだのですが、最初にクアッドの構想を思いついたのは第1次政権よりも前、小泉政権時のことだったと語っていました。中国の台頭に危機感を持つ一方で、南アジアの大国であり、世界最大の民主主義国であるインドに深く関心を持つようになったと。当時はインドとオーストラリアが前向きではなく、棚上げとなってしまいました。

構想が再始動したのは、第2次安倍政権下の2012年。同年12月、安倍前総理が発表した英語論文のなかで提唱されたのが、「アジア民主主義安全保障ダイヤモンド構想」です。日本、アメリカのハワイ、インド、オーストラリア――この4つを結んでダイヤモンド型をつくり、この地域を中心として新しい国際秩序を形成するという考えでした。これが結果として、現在のクアッドに繋がっているのだと思います。

山下 クアッドは、戦前の「ABCD包囲網」を想起させますね。「ABCD包囲網」は、1930年代に日本に対してかけられた経済制裁のことです。制裁をかけたアメリカ、イギリス、中国、オランダの頭文字をとって、「ABCD」と名付けられました。ただ、この名称は、貿易制限を受けた日本が勝手につけたもの。成り立ちについても、最初に貿易制限をおこなったアメリカに、イギリスやオランダが追従していっただけで、4カ国で連携をとる意図はありませんでした。クアッドとは似て非なるものです。

似ている点があるとすれば、当時の日本、今の中国の立ち位置です。1930年代の日本は欧米に追いつこうと帝国主義の道を突き進み、既得権者の欧米諸国に警戒感を与えました。今の中国も、アメリカに次ぐ経済力・軍事力を蓄えたうえで地域覇権を確立しようとしている。ABCD包囲網もクアッドも、台頭する特定の国への封じ込め、包囲網という意味では通じていますね。

梶原 封じ込めという意味では、クアッド的な考え方は30年ほど前からあったと思います。日ASEAN包括的経済連携協定やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)など、日本は中国でのビジネス機会の確保を図りつつも、間接的にですが、中国の脅威を意識して包囲網を構築してきた。これまで経済色が強かったところに、安全保障が加わったわけです。中国の王毅外相は「アジア版のNATO(北大西洋条約機構)」だと批判していますが。

山下 日本は憲法9条があるので、NATOのような集団的な安全保障体制に入ることは出来ません。当初からの計画通り、中国の存在を意識しつつ、安全保障と経済問題を協議する場として続いていくのではないでしょうか。

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インドを引き込む装置

細谷 クアッドで鍵を握るのはインドの存在です。日米豪の3カ国が対中路線で連携を深めていくなか、インドは長らくどっちつかずの態度をとっていました。というのも、インドは昔から「全方位外交」を貫いており、特定の勢力につくことには非常に消極的な国だからです。日本、オーストラリアと違って、アメリカの同盟国でもありません。

それがなぜ、ここに来て前向きな姿勢になったのか。中印は長らく国境紛争を抱えていますが、最近は中国側が武力行使を辞さず、インド兵から多数の死者が出る事態に発展しました。だからこそインドは方針を転換し、クアッドに参加する決断をくだした。ある意味で中国こそが、クアッドの“生みの親”とも言うことができます。

梶原 インドに関して気になるのは、スウェーデンの国際調査機関がおこなった最近の調査結果です。最も独裁化が見られた国の一つにインドを挙げ、「選挙権威主義」だとしています。インドはロシアや中国と軍事演習をおこなったり、ロシアから武器を輸入したりしている。クアッドの枠組みの中でどこまで信頼できるか、距離感が難しいところです。

細谷 ただ、インドを引き込む利点は大いにあります。中国は今後、「一人っ子政策」の影響が出始め、人口も経済も縮小の時代に入っていく。それに対してインドはいずれ、中国を超える世界最大の人口を持つ国になると予想されています。それゆえインド洋地域のポテンシャルも高く、世界有数の経済センターに発展していく可能性があるからです。

梶原 逆に言えば、それほど重要なインドは民主主義陣営に引き込んでおきたい。中国側に行かないようにするのに、クアッドは効果的な装置になるのかもしれませんね。

山下 その意味で、クアッドの今後を考えると、民主主義の理念を前面に押し出していくのはやや危険だと思います。東南アジア諸国も当然味方に付けておきたいですが、中国と似た体制の国も多く、それらの国は押し付けられた民主主義に反発する可能性が高い。

梶原 先ほどのスウェーデンの国際調査機関がおこなった2019年時点の調査では、世界の権威主義国家と民主主義国家を分類し、数においては権威主義国家が18年ぶりに民主主義国家を上回っているという結果が出ていました。

山下 今後、他の国も巻き込んでいこうとするなら「これは対中国施策で、中国の地域覇権主義に対抗するためのものだ」と、そういう色を出していくほうが得策でしょうね。

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台湾はフロントライン

山下 クアッドが持つ最も重要な使命の一つが「台湾防衛」です。先ほども申し上げたように、米中対立の時代において日本と台湾はフロントライン。そのなかで最も重要な要衝となるのが台湾なのです。

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