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【蓋棺録】益川敏英、サトウサンペイ、千葉真一、江田五月、笑福亭仁鶴〈他界した偉大な人々〉

偉大な業績を残し、世を去った5名の人生を振り返る追悼コラム。

★益川敏英

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素粒子物理学者の益川敏英(ますかわとしひで)は、宇宙の起源を解明する「CP対称性の破れ」を理論化しノーベル賞を受賞した。

2008(平成20)年、ノーベル賞受賞が決まったとき感想を聞かれ「たいしてうれしくないです」と答えた。このとき舌を出す様子が報じられると世界中が驚いた。

1940(昭和15)年、名古屋市に生まれる。父は家具職人だったが、戦後、砂糖問屋を始め、益川も重い砂糖袋を担いだ。電気技師になりたかった父は、科学の知識が豊富で、銭湯の行き帰りに話してくれた。

15歳の時、名古屋大学教授・坂田昌一の素粒子モデルが、世界的に評価されたというニュースを聞いて物理学にあこがれたという。

地元の向陽高校から名大を受験するが、益川は中学1年のときマネーをモーネイと発音し笑われて以来、英語が嫌いだった。そこで英語は捨てて数学と物理に賭けて合格する。あとで調べると、200点満点で英語が30点で、数学と物理がよほどよかったらしい。

大学では坂田研究室で学ぶようになる。坂田は若い人たちが思ったことを遠慮なく話すのを奨励していた。なかでも益川は議論好きで、先輩でも教授でも臆すことなく反論したので、「いちゃもんの益川」と呼ばれる。

大学院生になっても英語は苦手で、英語の論文を発表するときには、先輩たちに添削を頼み、何度も研究室の秘書にタイプで打ち直してもらった。それが縁で秘書の女性と結婚する。しかし、論文のレベルは高く、京都大学理学部の助手に採用された。

京大の助手時代に取り組んだのが「CP対称性の破れ」理論で、宇宙誕生のさいに物質と反物質が分かれても、両者が相殺して無に戻らなかったのは何故か探究する。同じく京大助手で坂田研究室の後輩・小林誠と毎朝討論を行うが、結果が出なかった。

宇宙誕生に関係する素粒子クォークは3種類発見されていたので、4種類あるという前提で議論していた。しかし、ある夜、益川は風呂の中で「なぜ6種類ではいけないのか」と思い付き、翌朝から6種類で論じてみると「CP対称性の破れ」が説明できた。

この6種類のクォークがすべて発見されるのは94年になってからで、論文はほとんど注目されなかった。しかし、78年に世界的な素粒子理論家・南部陽一郎が、2人を強く支持したことで脚光を浴びるようになる。

2008年、南部、小林と共にノーベル物理学賞を受賞。記念講演では日本語で講演して、再び世界を驚かす。若者たちには「ロマンをもて」と語り、そして付け加えた。「英語もやっておいたほうがいい」。(7月23日没、上顎歯肉癌、81歳)

★サトウサンペイ

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漫画家のサトウサンペイ(本名・佐藤幸一)は、とぼけたキャラクターがやんわりと社会を風刺する4コマ漫画で国民的な人気があった。

1950(昭和25)年、就職活動の最中、百貨店の大丸に勤める先輩に履歴書を渡したが、この先輩が人事部に出すのを忘れてしまう。追試をしてやるというので漫画で履歴書を描いて渡すと、大丸では「面白い」派と「失礼だ」派の論争になったという。

29年、名古屋市に生まれる。祖父が時計製造業を営み、父が大阪工場を任せられたので大阪市で育った。幼いときから絵を描くのが好きだったが、家業に関係のある学校に入るように言われ、京都工業専門学校(現・京都工芸繊維大)の色染科に進学する。

色染科なら絵が描けると思っていたのに「入ってみると化学や物理ばかり」だった。卒業後、漫画の履歴書を提出して大丸に入るが、その話を聞いた関西マスコミの大物・小谷正一が、新大阪新聞に4コマ漫画『大阪の息子』を連載させてくれた。

さらに小谷は、当時の漫画界の大御所・横山隆一に紹介してくれたので、作品をもって横山邸を訪問する。横山は札束を数えるような速度でめくり、ときどき笑って「絵が弟の(横山)泰三に似ているのが玉に瑕だが、案はいい」と褒めてくれたという。

二足の草鞋を続けたが、産経新聞に連載を始めた61年に上京した。65年には朝日新聞夕刊に『フジ三太郎』の連載を開始する。ちょっとエッチなサラリーマンが主人公のこの作品は、共感を呼んで多くの読者を獲得した。

66年、同作品などで文藝春秋漫画賞を受賞。79年に舞台を朝刊に移し、91(平成3)年まで続く。68年に坂本九、82年に堺正章でテレビドラマ化されている。

この間、旅行や料理を題材にしたエッセイも読まれた。74年の『スマートな日本人』や82年の『ドタンバのマナー』は、ウィットのある文章でベストセラーとなる。

作品の題材にした旅行や料理はもとより、何にでも積極的に取り組んだ。まだ少数者のものだったパソコンも独学して、98年、『パソコンの「パ」の字から』を執筆している。

サトウの描く漫画の主人公は世俗的なことに熱心だが、一方でどこか超然としているところがあった。エッセイで「立派な思想も好むが美人も捨てがたいのが人間」と書いたことがある。(7月31日没、誤嚥性肺炎、91歳)

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