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エンドロール 【掌編小説】

網膜を刺す光線が幾重にも重なりあって像を結ぶ。縦3.3メートル、横7.7メートルの長方形から発せられる光線は作者が意図した映像となって私の目に映っているかは、わからない。そうであったならきっとそれは奇跡なのだと思う。点と点が結ばれて線になって、線がいくつも絡まりあって面になる。その面に意味を見出すかどうか、意味を心に留めておくかどうかは、受け取り手にその意思がないと成立しない。だから、奇跡だと思う。

ハッピーエンド、なんてものは存在しない。生きていく限りずっとずっと続いていく。背景が暗くなって白い文字が延々と流れていたとしても、長方形の中で動いていた人物たちは朝起きてご飯を食べて、という日常を続けていくのだと信じていた。生活がきっとあるのだと。そういった想像を、今日は延々と続けていられる。もう、隣の席でいそいそと帰り支度をする人がいないから。

エンドロールはもう終る。じきに幕が降りて、ライトがじんわりと私の輪郭を取り戻す。汗をかいたドリンクカップから水が滴ってジーンズの色をまだらに濃くし、私はそれをしばらく見つめて撫でた。なにも起きない。ざらりとしたデニムの生地で指先がひりつくことも、今は、今だけは、私の心に直接届いてくるようで。誰もいなくなった観客席。脚に力を入れて立ち上がると、静かに座席が跳ねた。靴のソールとリノリウムの床、気の抜けたジンジャーエールとほとんど溶けてしまった氷、感覚全てに刺さるものがまだぼやけてしまっている。カツカツ、カラカラ、代わりに音を立ててくれているかのよう。明日には、君を忘れて歩くから。それだけ、そっと心の中で囁いて、映画館を後にした。


※Awesome City Clubの「エンドロール」という曲にインスパイアされた小説です。シンプルながらじわりと心に響く、好きな曲のひとつです。

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