終の依代
ひゅうひゅうと喉を引き裂くような乱れた呼吸が、二つ分。どんなに上手く隠れても、この様子では近付けば見つかってしまうかもしれない。雨音に紛れて遠くで村人たちの怒号が響く。きっと僕らを捜しているのだろう。いずれここも見つかる。雨続きでぬかるんだ山道を、これ以上は歩けない。同時に悟ったのか、彼が僕に体を預ける。
終の住処など夢の話で、実際僕たちにはついぞ家というものが与えられなかったと、こんな時に考える。親は知らず、隣の彼が僕のなんなのかも知らない。ただ当たり前のように傍に居て、共に生きてきた。
常に下を向いて過ごした。汚い地面に落ちているがらくたを拾い集め、穢れを見るような数多の目に気付かないふりが出来た。
そんな暮らしの果てに名も知らぬ神への供物として生きたまま差し出され、身体中泥まみれにして必死で逃げ回ろうが、どうやら結果は同じようで。
僕たちは人間ではなかったようだ。僕たちは人間になりきれなかった醜い紛い物で、だから家も、親も、人間らしい暮らしが何一つ手に入らないのだ。そうでないと、説明がつかないだろう。
怒号が近付いてきて、足音も聞こえ始める。もう終わりのようだ。隣で忙しなく浅い呼吸を繰り返す彼の手をそっと握って、口を開いた。
「死んだら、どうなるかな」
「人間になれるさ。祝おう、今日は俺とお前の誕生日だ。」
頬が弛んだ。人間になれたとて、今よりもっと醜い畜生になったとて、彼が傍に居ればそれで全て良いと思えた。
怒号はすぐ後ろ。大丈夫、もうすぐ遥か遠くなる。
最期にもう一度、彼の手を強く握り返して、僕たちは誕生日を迎えた。