安心だけを与えられて生きてきたのかと錯覚するような寝姿に馬乗りになって、その愛しい顔を見下ろす。お前にとってこの空間には何一つ脅威などないのだと認識してしまった。無防備にも晒された首元に、そっと両手をかける。こんな惚けた顔のお前を、俺は今すぐにでも殺せる。いや、殺すんだ。お前は今から、心の底から信頼しきっていたはずの俺に殺されるんだぞ。なあ、嫌なら起きてみろよ。起きて、こんな俺の事などぶん殴って、さっさとここから逃げて、それで…
お前はもう二度と俺の前に現れない。俺がお前を殺しても、お前がここから逃げても。それでいい。それでいいはずなのに。
あぁ、嫌だなぁ。この期に及んで俺はこの関係を、お前という存在を、手離したくないと駄々を捏ねている。目の奥の熱い塊が、実態を持って俺の視界を歪ませ、お前の顔に落ちる。お前の顔を汚してしまったという罪悪感に苛まれる。馬鹿だ。首元から手を離せず、歪んだままの視界、こぼれ落ちるままの滴を、そしてこのくだらない未練を断つように首を大きく振り、両手にそっと力を込める。手の震えが止まらず、上手く力が入らない。それでもゆっくり、ゆっくりと手に力を込める。ブレる視界でお前の顔を見る。
その時、お前が薄らと目を開けた。心臓が大きく跳ね、視界が揺らぐ。震えも止まらない、首を絞める力さえ上手く込められないこの体で、暴れるお前を押さえつけるのは無理だろう。お前は俺の足の下から抜け出て、この部屋から逃げるのだ。そして俺は晴れて殺人未遂の罪人となる。
良かった。俺はお前を殺さずに済むのだ。愚かにも一番の大罪と疼く様な心の痛みから逃れられると、そう安心しかけた瞬間、お前がふんわりと笑った。
「いいよ。お前なら。」
そう囁いて、お前は再び幸せそうに目を閉じた。
ああ、お前は俺を赦してくれはしないのか。