春にはだまされないで
いち早く季節を進むファッションはかつて雑誌の中でだけであったが、いまや猫も杓子もインスタグラマーが我先にと春服をまとった投稿をアップしている。
え?寒くない?
わたしは寒いのが何より嫌いだ。何よりだ。痛いもの嫌いだが寒いのが1番だ。
ファッション誌の春服撮影なんて真冬の寒さの中で行われているのがほとんどといっていいだろう。だから今のインスタやらのようなリアルタイム性はない。そんなことももうみんな知っていることだとは思うが、インスタの中の女の子は今を生きる…まだ陽だまりしかあたたかくない日、春の服を着るのがカッコいいとばかりの薄着だ。
むかし、ファッション誌の撮影現場に出向いたことがあるが2月の朝7時前の表参道で、モデルの背景としてボケにボケたいち通行人としてのわたしに指定された服は当然4月から5月の気候に着る服、背景と化すのでそんなものは自前で用意、である。
わたしはベージュのくるぶしだけのパンツに薄いピンクのカットソー、トレンチコートを羽織って現場に向かった。
家を出る時はグルグルまきにストールを巻いていたがすぐに気づく…まちがえた…いやまちがえてはいない、そのトーンは合っている。ただ移動中もその格好であったのは現場についた誰から見ても、え?それで電車でここまできたの?である。もちろん現場の撮影スタッフは、UGGのブーツやらモンクレのダウンジャケットやら完全装備。メインのモデルはポーズをとる直前までデカいヒーターの前で暖をとっている。
モデルの背景として、何度か行ったり来たりを繰り返し撮影自体は数分で終わったと思う。けれども、わたしは忘れない。くるぶしに感じた真冬の風の非情さを。
そういうわけで春の天気予報はすべて油断ならない。最高気温が5月の陽気だと気象予報士が言う。猫も杓子もインスタグラマーが春物のトレンドをいち早く語りたいのは分かるが、踊らされてはいないかい。
寒いよね?
ところで、俳句の世界では、くるぶしって春の季語なのだそうだ。くるぶし丈のパンツを履きたくなるのは昔から春をあらわすってことなのかもしれない。