【A3!二次創作】ギモーヴを買いに
リビングのソファで目を覚ますと、いつもしかめっ面に見える十座が、目を輝かせながらマシュマロのようなものを食べていた。その様子を臣が洗い物をしながら見守っている。
「……オレも……マシュマロ欲しい……」
手を差し出しながら十座の元へ向かうと「これは''ギモーヴ''って言うらしいっす」と言いながらギモーヴと呼ばれるものを手のひらに置いてくれた。
試しにひとつ食べてみると、食感はモチモチとしており、噛み進めると口の中いっぱいに凝縮されたフルーツの甘さが広がった。残りをパクパクと口の中に放り込み、玄関へと向かう。
いつもならマシュマロなどのオレの好きなお菓子の調達はアリスがやってくれているが、今は文芸誌に掲載する原稿の締切間近ということで頼めそうにない。部屋に散乱している空になった紅茶のペットボトルが余裕の無さを物語っている。
仕方が無いので靴を履き、ギモーヴを買いに外に出た。
「あ〜!ひそか!おでかけ?」
頭上から声がして顔を上げると、ブロック塀の上で三角が猫を撫でていた。
「……ギモーヴを買いに行ってくる」
早くギモーヴを食べたい。返事をするのも面倒臭いが、無視をしたらそれはそれで面倒臭そうだ。手短に要件を伝え、三角と猫の下を通り過ぎる。
「ギモーヴってじゅーざが最近こっそり食べてるやつでしょ?オレいいお店知ってるんだ〜」
三角がギモーヴを知っているとは思わなかったが、その店を教えてもらうか決断するより先に、連れてって、と頼んでいた。
ちょっと遠いからショートカットするよ〜と言われ、三角の後を追って塀と塀を飛び越えたり、屋根から屋根に飛び移ったりした。途中で三角が「さんかくネットワーク」と呼んでいる仲の良いおばさんたちに挨拶をしたり、オレたちのことを知っている人からストリートACTを求められたりしたので、ギモーヴを買いに寮を出てからかなり時間が経っていた。
「……三角、まだ?店どこ?」
眠気と空腹が限界に近づいてきたオレが問うと、シブヤだよ〜!と明るく返される。ギモーヴを買うために渋谷まで行くのか?
「ひそかがせっかく一人で外に出たんだから、買い物するだけじゃもったいないでしょ。どうせなら楽しいことしようよ〜!」
渋谷で楽しいこと。オレには上手く想像できないが、三角は軟骨にピアスを付けていたり、髪の毛も襟足が男にしては長かったりと所謂「チャラい」若者の要素は持っているので、オレが知らないだけで渋谷にはよく来ているのかもしれない。
眠気と空腹に耐えながら三角の後を追い続けると、着いたよ!と言い三角が大きなビルの前で立ち止まった。
中に入ると、化粧品やアクセサリーを売る店がひしめいていた。今時らしいレディースファッションの店を見ながら、幸あたりを連れてきた方が喜ばれたんじゃないかな、などと考えていると、「ギモーヴは下だよ〜」と手を引かれる。
地下2階まで降りると、ようやくギモーヴの店があった。ギモーヴのほかに目に付いた商品も手に取り、手早く会計を済ます。
店を出て早速ギモーヴの封を開けて食べる。十座から貰ったものとは違う風味がして、これもまた美味しいと感じた。
「ひそかの用事はおわったね〜。じゃあ次は俺の番!」
ギモーヴを食べながら帰ろうとしたら、三角に手を引かれて帰り道とは反対方向に連れていかれる。
「オレ言ったでしょ?せっかくひそかがひとりで外に出るんだから楽しいことしなきゃもったいないって」
地上に出ると三角は走る速度を上げる。今更ながら、何故三角が渋谷について詳しいのか気になり、尋ねてみた。
「ん〜っとねぇ、くもんのオーディションのときに夏組みんなでギャル役をすることになったから、その勉強のため?あれ?さんかくネットワークで知ったんだっけ?」なんでだっけ、と三角が考え込んでいるうちに、人がうじゃうじゃいる交差点を抜け、狭くて暗い路地裏に来ていた。
三角に促され、地下へと続く急勾配の階段を降り扉を開けると、どんっ、ずんっ、と体に響く大きな音が聞こえてきた。オレは思わず両手で耳を塞ぐ。
「スミーお久〜!元気してたぁ?」「ま〜たサンカク探しか〜?」
露出の多い女や刺青の入った男が親しげに三角に話しかける。三角は笑顔で返事をしながら人混みをかき分けて暗闇へと消えていった。
臓腑に響く低音と煙草の匂いで気持ちが悪くなったオレは、階段を駆け上り、そのまま寮に戻った。
部屋に戻ると、床に散らばっていた原稿用紙や空になった紅茶のペットボトルは綺麗に片付けられていた。
「おかえり密クン。今日は珍しく出掛けていたんだね。おや、その手に持っているものはなんだい?」
締切に追われ、ヨレヨレの部屋着を着てぐったりとしていた昼間とは打って変わって、パリッとしたシャツに着替えていつもどおりよく喋るようになったアリスに出迎えられ、こっちもこっちでうるさいな、などと思う。
「……原稿お疲れさま。ギモーヴ買ってきた」
紙袋ごと手渡すと、アリスは嬉しそうに詩を詠み上げながら、キッチンへと紅茶を沸かしに向かった。
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