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時をかける少女

冬木カウンセラーによる「映画で学ぶ心理学」シリーズ。有名作品から、知る人ぞ知る作品まで、さまざまな映画をテーマに心理学を探求します。


あらすじ

みなさんは、日常の中で時間を巻き戻したくなるほど過去を変えたいと思ったことがありますか。
2006年に公開された、細田守監督の日本のSFアニメ「時をかける少女」は、そんな時間を移動する力を偶然手に入れた少女の物語です。

高校二年生の主人公の紺野真琴は、偶然立ち入った理科準備室でタイムリープの力を手に入れ、抜き打ちテストで良い点を取ったり、カラオケを何度も遊べるようになります。
段々と味を占めた真琴は、自分に不都合な出来事や失敗を、時間を遡ることで回避したり無かったことにしようとします。親友である転校生の間宮千昭からの告白も、タイムリープの力で無かったことにしてしまいます。

なんでも相談に乗ってくれる叔母から注意されますが、真琴は気にしません。
そしてついに、事件が起きてしまいます。


変えられないものに適応すること

「時をかける少女」はフィクションなので真琴が過去を変えられますが、現実において過去は「変えられないもの」です。
現実世界には、親とのつながりや自分がこれまでやってきた事など、多くの「変えられないもの」が存在します。

臨床心理学では、人間が良い状態であるために、「変えられないもの」を変えられないものと認めて、適応していく過程が不可欠であると考えます。

何かしらの失敗をしてしまい、時間を巻き戻してみたいと思ったことは誰にでもあるのではないでしょうか。
でも、「今の自分」は、これまでの自分がたくさんの小さな選択を積み重ねてきた結果です。これら一つひとつの選択について、昔に戻って違う選択ができていたらと考え出すとキリがありません。

それに、実際のところ、違う選択をしていたとして、その結果が本当に良い方向に変わるとは限りません。
真琴のように過去をやり直せる力を持っていたとしても、過去を変えた先のことはその後の自分にしかわからないのです。


自分の人生を変える力は、自分の中にある

カウンセリングで取り上げられる問題の中には、自分の身に起こったことは何一つ変えることができないと言う事実、そしてこれまでに受けた不当な苦しみを誰もすぐには償ってくれないという事実を、なかなか受け入れることができずにいる事で生じてしまうものがあります。

真琴がタイムリープの力で恥や一時の失敗を打ち消そうとしたのと同じように、多くの人は苦しかったことや傷ついたことを、今すぐ誰かが、願わくばカウンセラーが打ち消してくれるのではないかと期待します。
しかし、現実世界に過去を変える魔法はありません。傷ついてきた事実は無かったことにはならず、それを癒せるのは、いつだって自分自身なのです。

自分の人生を変える力は、自分の中にあります。
加害者に罪を認めさせること、別の誰かに責任を追わせることもその苦しみを急に緩和させ真に癒す効果は普通あまり期待できません。
謝罪されたところで、そんなものでは足りないし既に遅すぎると感じることが多いのではないでしょうか。


魔法のない世界を生きていく

取り返しのつかない過去のように、「変えられないもの」に直面するのは怖いことです。

真琴のようにタイムリープの力があったなら。
辛い体験をしたことがある多くの人は過去を無かったことにできる魔法のような力を信じたい気持ちになることがあります。

過去を変えることができたなら、苦しみや悲しみを無かったことにすることできるかもしれません。
でもそれは、その苦しみを生き抜いてきた自分、耐えてきた自分の力を否定することでもあります。

私を含め、真琴が千昭の想いを無かったことにしてしまったシーンに、多くの人が切なくなったのでは無いでしょうか。
多くの場合、感情たちは受け入れ、理解される場所を探しています。
簡単に無かったことにできるものではないからこそ、私たちカウンセラーは、相談者を苦しめてきた名前のない感情に思い切って飛び込み、それに名前をつける作業を共にする必要があると考えます。



冬木 更紗
心理学学位および臨床心理学専攻修士取得。療育センターにて就学前の子どもを対象に応用行動分析に基づくグループ指導経験あり。臨床心理士および公認心理師取得後、精神科・心療内科にてカウンセリングを行なっている。また、WAIS-IV知能検査やエゴグラムなどの心理検査も実施経験が豊富。

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【参考文献】
Nancy McWilliams, 1999, Psychoanalytic Case Formulation(湯野貴子,井上直子,山田恵美子訳, 2006, 『ケースの見方・考え方 精神分析的ケースフォーミュレーション』創元社.)