スリープモード
「心の電源を切りたい……」
彼女はそうつぶやいた。
「セカイは、受信したくない電波に満ち溢れてる」
「見たくなくても見せられる。
聞きたくなくても聞かされる」
「笑いたくなくても笑わされる。
泣きたくなくても泣かされる」
「知りたくなくても知らされる。
思いたくなくても思わされる」
「感じたくなくても感じさせられる。
触れたくなくても触れられる」
「生きたくないのに生かされて。
死にたくないのに殺される」
――だったら。
「心なんていらない」
――こんなものがある限り、私は私でいられない。自分で電源を落とせないなら待つしかないのか、電池切れを。
「なぜ生まれてきたのだろう。
無のままでいたかったのに……」
彼女は部屋の照明を落とし、あたたかいベッドに潜り込む。
ふかふかの羽毛ぶとんが、涙ぐみ横たわる体をやさしく包んだ。
焚いていたアロマキャンドルの、ラベンダーの残り香がほんのり染みついている。
「おっと……」
華美にデコレイトした最新型のスマートフォンを手探りで充電ケーブルにつなぎ、目を細め慣れた手つきで目覚ましタイマーをセットする。
「明日カレに慰めてもらお……。ハァ……生きるのしんどいょ」
沈んだ声で端末を無造作に放り投げ、すぐにすやすや寝息をたてた。
やがてスリープモードが発動し、電光は絶えた。
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