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[小説]故人消失 #1

 「この度はお悔やみ申し上げます。」

 この言葉を上司が言って、自分と二人で頭を下げる。残された遺族が無理をした精一杯の笑顔で出迎えてくれる様子は何度見ても慣れない。。今日の現場は大きな日本家屋だ。家に入ると土間がやけに広い。縁側があり、横には蔵もある。お屋敷というほどではないが、立派な家だ。でもこの家に来るのは今日が初めてではない。3年前にも来たことがある。その時はご主人が亡くなった時だった。当時の依頼主は奥様で、本当に家族を亡くしたとは思えないほどテキパキと動いていた。だからこの現場で仕事をすると聞いたときは耳を疑った。70歳を超えているとはいえ、3年で亡くなるような奥様には見えなかったからだ。客間に案内され依頼内容の詳細を聞くとともに、依頼主の娘さんが3年間のことも少し知ることができた。

 亡くなった奥様は宮村 ツバキさん、享年74歳だそうだ。3年前にご主人の徹さんを亡くされてから一気に生気を失い、昔話ばかりするようになったらしい。

「そういうことか。」

 思わず声が出てしまった。

「え?」

 娘の楓さんに聞き返される。それもそのはずだ、3年前に来た時彼女はここにはいなかった。俺が納得したのには理由がある。不可解だった点が納得できたからだ。3年前ここに来たときは徹さんの死後4か月経っていた。これは我々の業界だとダントツに遅い。普通遺品整理は死んでから1週間以内には連絡が来て、1か月以内には現場に伺う。2か月もあれば振込まで終了して、完了した案件として扱われる。4か月後になってしまったことを当時ツバキさんは自分でしようと思っていたが、忙しくてできないのでしぶしぶお願いしたんだと語ってくれていた。でも今の話を聞くとそうじゃない。確かに自分でしたかったことは本当だろう、でも忙しかったからじゃない、できなかったんだ。徹さんとの思い出が詰まった物や部屋、思い出を自分で捨てることができなかった。それで我々のような業者に頼もうと思ったが、そもそも思い出たちとのお別れがどうしてもできなかった。それで月日が経ってしまったんだろう。

「そ、そうでしたか。あの母にそんな一面が。。。」

 気丈に振る舞っていた楓さんの声が詰まる。

「母は、強い人でした。仕事一筋で家に帰ってきたら頑固な父親のいうことにいつも振り回されていました。父が病気になってからは入院することを嫌がる父親を説得し、毎日お見舞いに行っていました。父が入院していたために自治会の役員を母が引き受けたこともありました。その年は役員で女性は母しかおらず、嫌な役を押し付けられていました。それでも泣き言一つ言わずその仕事も全うしていました。40年以上も連れ添ったんですから、それだけ大きな支えだったんでしょうね。心が折れてしまったんでしょう。」

 ハンカチで目元を抑えながら語ってくれた。
 でも、楓さん自身との思い出は一つも語ってくれなかった。楓さんは悲しみは感じながらも覚悟は決めていたのだろう。

「取り乱してすみません。もう大丈夫です。両親のものはすべて処分してくださって結構です。お昼頃になったら食事を届けに帰ってきますので。よろしくお願いします。」

 そういうとそそくさと部屋を出て車に乗って帰ってしまった。上司の涼さんと顔を見合わせた。確かに作業前にある程度処分するものは聞いておく。だが、どうしても捨てるかどうかわからないものが出てくるので、現場に一緒にいてもらって確かめながら作業するのが一般的だ。でもすべて処分してほしいという、しかもお昼まで戻ってこないだって?どうも様子がおかしい。部屋からでるときだって、何か恐怖に取りつかれているような出て行き方だった。でも出て行かれたなら仕方ない。予定では2日間あるが、なにせ部屋数が多い、徹さんの時に遺品整理は一度しているとはいえ、その時はツバキさんの意向で半分ほどはそのままだ。それが今回はすべて処分する必要がある。

「早速やるぞ、まずは台所だな。行くぞ。仁。」

 涼さんと行程の確認をして作業に取り掛かる。涼さんは正確には松本 涼、俺の2つ先輩で社内では唯一の俺の味方だ。顔はそれほどだが面倒見がよく仕事ができる。ただ仕事を始めると話しかけられないオーラがすごい。広報部に彼女がいるらしい、俺はこの人と仕事ができて良かったとつくづく実感する。

「仁!一回休憩しよう!!」

 どれくらいの時間が経っただろうか。涼さんから声がかかる。時計に目をやると10:45だ。8時過ぎに家に来て、作業を始めたのは8:30頃だろうか。いつもは10時ころには休憩するのに今日はこんな時間になってしまっている。

「さっすが宮村さんとこだな、こんだけ頑張ったのにまだまだって。。。
午後からは応援呼ぶしかないかなぁ?ちょっと電話してくるわ!」

 嫌な予感がした。涼さんの唯一といっていい苦手なところ。応援を呼ぶといっても別グループは違う現場にいっている。じゃあ誰が来るのか。涼さんの彼女だ。涼さんは割とプライベートを仕事に持ち込む。はっきり言って僕はあいつが苦手だ。あいつ、そう、同期入社で幼なじみ、腐れ縁。関係性を言い出すときりがない。名前を上野 奈緒。顔は菜々緒似で愛想がよく、明るい。高校時代に野球部のマネージャーをしていたらしくはきはき喋る。うるさいと思うこともしばしば。それに加えて機転が利くし、頭も良い。天は二物を与えすぎだ。俺が神ならその顔を2倍くらいでかくして、学力は県内最底辺の高校くらいにして、50m13秒くらいかかる運動神経にしてやるだろう。

「いやぁ、すまんすまん。奈緒これるって!」

 やっぱりだ、どうせそんなことだろうと思った。女が一人入ったところでこの作業の何が変わるんだよ。まぁいいか多いに越したことはないし、仕事をしていればそう話すこともないだろう。自分を納得させ、軽く会釈をする。

「よ~ぉし、そろそろやるか、なんとか昼までに台所と和室一つくらいは終わらせるぞー。仁!しんどくなったらすぐ言えよ。溶けていなくなるんじゃねぇぞ!」

 奈緒が来ると聞いて、むっとしていたのについ笑ってしまった。俺はアイスかよ。そんなセルフ突っ込みをしながら、俺は作業へと戻っていった。



※物語はすべてフィクションであり、実在する人物、団体などとは一切関係ありません。


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