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[小説]故人消失 #4(最終話)

 鍵が外れた引き出しから、台風に関することがまとめられたファイルを出して、軽く整理をして車に戻ると、涼さんと奈緒が休憩していた。楓さんはお手洗いに行ったみたいだ。

「いや、あれままじだって、俺見た。間違いなく徹さんだよ。」

「やばいよね、あの部屋www」

 何やら会話が聞こえてくる。二人が整理をしていた寝室での話をしているらしい。

「仁おつかれー。机落としたの、足大丈夫だったか?
ってか聞けよ。さっき見たんだよ寝室で、徹さんを。な?いたよな奈緒」

 徹さんを?何言ってんだ。この人徹さんは3年前に死んだんだぞ?いるはずがない。でも不思議なことに、自分もなぜか最近徹さんを見たような気がする。なぜか顔がはっきりとわかる。あ、そうか。さっき書斎で楓さんが机の上に置いてあった写真立ての写真、見せてくれたんだっけ。にしてもあの写真の徹さんは若かった。でもうっすら頭に浮かぶのは晩年の徹さんだ。若い顔から年老いていく顔に変換する特殊能力でも持ったかな。そんなしょうもないことを考えていると楓さんが戻ってきた。

「霊感が強いのは私だけじゃないみたいですね。ここにいる4人ともかなり、そういうものを感じられるようで。」

「聞こえてしまっていましたか。すみません。失礼なことを言ってしまいました。」

「いいんです。母が亡くなってから何度かこの家に帰ってきましたが、声が聞こえるような気がするんです。でも私はそれが怖くて怖くて。お二人は怖くなさそうですね。」

「仕事柄、どうしても慣れてしまって。昔はこんなの信じていなかったんですけどね。」

 楓さんと涼さんの会話に違和感を感じる。4人?俺が霊感が強いなんて話したか?楓さんは朝偶然だったかもしれないが、まだいるような気がしてふと俺の方を向いて顔が引きつっていた、涼さんと奈緒は寝室で徹さんを見たと言っていた。その話を俺にしていたが、俺は同意はしていない。なのになんで4人とも霊感が強いになるんだ?楓さんの思い込みか、まぁいいか。

「あ、そうだ。皆さんにちょっと見ていただきたいものがあるんです。ついてきてもらえませんか?」

 何かを思い出したかのように俺たちに声をかけた。ついて行ってみると案内されたのは家の裏側にある蔵だった。二階建ての造りになっていて、1階の天井がやけに高い。中は昼間でもうす暗く目をこらさないとよく見えない。

 楓さんが電気を付けてくれると脇に5つほどコンテナがあった。

「生前、母はちょっとした畑というか農家をかじっていたんです。それで柚子を育てていました。たくさん採れたんですが、母がいなくなってしまったのでどうしたらいいのかわからないんです。もし良かったら皆さん少しずつでもいいので持って帰ってくださいませんか。そこに袋がかかっているので好きなだけ持って行ってください。」

「ええぇ柚子頂けるんですか!ありがとうございます!私柑橘類大好きなんです!それにしても立派な蔵ですね。すっごく天井も高いし!

あれ?あそこの天井だけ色が違いますけど、何かあったんですか?」

 わかりやすく奈緒のテンションが上がっている。横で涼さんが後ずさりをする。

「さぁ。私も詳しくは聞いていないんです。不思議に思ったんですが、母に聞いても雨漏りしていたから替えただけだ、としか聞いていなくて。。。」

「ぉ、ぉぃ。仁いくぞ。
奈緒、柚子はちょっとお前がもらっといてくれ。

すみません。。。。俺たちそろそろ仕事に戻らないと、、、、終わらないんで行きますね。。。。」

 涼さんの顔が引きつっている。今のもなんとか絞り出したような声だ。でもそんなことを思っている俺も、涼さんから言われる前にもう体は車の方向に自然と向いていた。なんだかわからない、あそこにいてはいけないような気がしてならなかった。


 どれくらい時間が経っただろうか。俺も涼さんも一心不乱に仕事をした。俺はもちろん、奈緒ですら涼さんに声がかけられない。仕事モードというだけではない。涼さんはそれ以上の、取りつかれたような雰囲気で仕事をしていた。

「よし、ここまで来たな。あと少しだ、やるぞ。」

 誰かに言ったのか、独り言なのかわからないが涼さんが口を開いた。

「ちょっと!いつまでやってるの!もう19:30だよ!楓さんも帰らないといけないんだから!!」

 声が聞こえてチャンスと思ったのか、奈緒がひときわ大きな声を出した。

「え?ああ奈緒か。そんな時間か。残りは明日だな。片づけよう。」

 奈緒の声に涼さんが振りむく。その声はさっきまでの顔が引きつって取りつかれていた様子ではなく、いつもの涼さんだった。19:30か。3時間以上もぶっ通しで作業していたのか。全然気がつかなかった。あれから2人で2階の3部屋を終わらせていた。降りていくと奈緒と、楓さんがいた。

「遅くまでありがとうございます。明日までに終わりそうですね。」

「すみません。楓さん。こんな時間になってしまって。でもおかげさまで明日の午前中には全部できそうです。」

「先ほど奈緒さんと柚子を分けておきました。少しですがどうぞ。奈緒さん、素敵な方ですね。」

「お気遣いありがとうございます。失礼なことを言っていませんでしたか。奈緒は明日はいないと思いますが、お世話になりました。」

 道具を片付けて、廃棄する遺品にシートをかぶせておく。遺品は作業完了後別業者が引き取りに来てくれるが、万が一盗難などに遭わないようにするためだ。車に乗り込み現場を出る。帰りの車の中で今日一日のことがフラッシュバックする。不思議なことが多かった。いや、今日だけじゃない、なにかモヤモヤする。何かつながりそうでつながらない。

 朝は楓さんが怯えた顔をしていた。母がいる気がしたと言っていたが、なんで俺の方を見て怯えたんだか納得がいかない。態度で言えば、なんで涼さんは俺に優しいのに、その彼女の奈緒はあんな冷たいんだ。というか接し方があんなに変わってしまったんだよ。人付き合いがうまくいかないのは社内だけじゃない、ここ数年ずっと新規の仕事が取れない。人が家にいそうなのに出てきてすらくれない。取れないこと自体も謎だが、そのことを考える度に今日の宮村さんのあの家が浮かぶ。これの方がよっぽど謎だ。現場にいく度に故人の環境に触れ、生きようと強く思わされるのに、実際の自分は何も成し遂げていない。成長していない。いっそのこと死んでしまおうか。どうやら徹さんが待っているみたいだし。別に死への恐怖なんてものはない。どうせ俺がいなくなったところで何も変わりやしない。俺がいなくても人は生まれる。家は建つ。花は枯れ、やがて咲く。つまりは俺がいたとしても何も変わらないということだ。俺がいることで世界がよくなることはない、自然災害は起きるし、仕事も増えやしない。不思議といえば、なんで涼さんが徹さんを見たと言った時、俺もその顔が浮かんだんだろう、3年前現場に来た時にはすでに死んでいたから顔を見る機会なんてなかったのに。なんで俺は蔵で新しくなった天井を見たとき勝手に体が動いたんだろう、もっと言えばなんで涼さんはあんなに怯えたんだ。ただの雨漏りじゃないか、3年前の台風で受けた被害の一部かもしれない。

 そんなことを考えていると駅に着いた。涼さんが会社に戻る前にもう遅いからと先に降ろしてくれた。20時過ぎだといくら和歌山だといえどもまだ人が多い。いろいろなことが頭を駆け巡りながら歩きだす。スーツを着たサラリーマン、部活終わりっぽい学生グループ、OLの女子会っぽいイケイケな女子3人組、海外からの団体旅行客。どんどんと人に抜かされていく。かなりゆっくりになっていたんだろう。そんな人たちをふと見ても、誰もこちらを見ていない。人として認識されていないのかと錯覚する。もちろん電車に乗っても友達とおしゃべりをしたり、スマホを見ていたりする。まぁそりゃそうか。誰も俺のことなんて気にしないか。

 最寄りについて電車を降り、歩き出す。俺の最寄りはほとんどもう人がいない。LEDに取り換えられた街灯だけが無駄に明るく道路を照らしている。少し路地に入って進むと、家が見えてくる。2階建てのハイツ。部屋は2階の角部屋だ。現場の家に比べるとしょぼいが、一人暮らしにはこれくらいでちょうどいい。ん?おかしい。誰もいないはずの角部屋の電気がついている。
泥棒か?とも思ったが、泥棒ならあんなにわかりやすく電気はつけないだろう。そんなはずはないと思いつつ、ハイツを間違えた可能性もあるので辺りを見回してみる。集合ポストが街灯に照らされている。全部で10部屋あるのでポストも10個あるのだが、珍しいことにすべてのポストの色が違う。確かにここだ。横には田んぼがあって、ぼろぼろの玉ねぎ小屋がある。トタン屋根にぽっかり穴が開いている使い物にならなそうな小屋だ。間違いない。ここのはずなのに、、、

 玉ねぎ小屋の穴を見た瞬間あの日の記憶が鮮明によみがえってくる。不可解だと思っていたことがどんどん音を立ててつながっていく。


 そうか。そうだよ。そうだったんだ。
3年前、俺はあの現場で蔵の屋根裏に登っていて、台風で雨漏りして腐っていた天井の板を踏み抜いて落ちた。

故人になって、存在が消え失せてしまっていたのは、俺自身だったんだ。


<< 完 >>


※物語はすべてフィクションであり、実在の名前や団体などとは一切関係ありません。


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