参議院の速記制度の廃止。
コンピューター、ロボット、および人工知能(AI)の進歩により、職業構成が変化した。第一に手作業の工場労働者は自動化された生産ラインにより、多くの工場作業は機械に置きかえられた。これらの大量の労働人口はサービス業界、介護業界、医療業界などへ転じた。
データエントリー職もコンピュータープログラムやAIアルゴリズムがデータ入力を自動的に行うようになり、仕事が減少した。電話オペレーターも自動応答システムやAIチャットボットが電話対応を担当するようになり、需要が低下している。また銀行の窓口担当者もオンラインバンキングやATMの普及により、減少している。
これらは一部の例であり、今後も新しい技術が登場するので、さらなる変化が予想される。録音などさまざまな記録技術が発達した現在では、発言をリアルタイムで書き起こしていく速記の必要性は技術的にはすでにない。いまだに続けていたことのほうがむしろ驚きでもある。
手書き速記制度は明治23(1890)年に召集された第1回帝国議会から会議録の作成を支えてきたが、参議院は昨年11月に議場内での手書きの速記を廃止すると決定した。2024年2月18日、複数のメディアが参議院で134年の歴史に幕を閉じたと報じた。一方、衆議院では今後も手書きによる速記が続くが、録音に加えて、平成23年から音声文字起こしソフトなどの利用が始まっている。
速記の仕事はかつて新聞社や出版社、議会事務局などが主であったが、最近では速記者の専門事務所や法律事務所が主流となっている。彼らはリアルタイムで会議や講演、法廷の証言などを速記で記録する専門家で、その技術的なスキルと精度は高く評価されており、依然として需要がある。
参議院でこの制度が廃止されるに至った理由の一つは、新型コロナウイルス感染症対策だった。議場への出場は2人一組で、速記は5分毎の交代制だが、飛沫による感染が懸念されたため、別室でのパソコンでの入力に切り替えられた。参議院の約80人の手書き速記者の約8割が女性である。
速記は独特の記号を用いる一種の職人芸で、それだけに手書き速記者になるには平成19年まで運営されていた参議院速記者養成所において、2年間知識と技術を学ぶ必要があった。受験資格は高校卒業見込みか、卒業後1年未満の既卒者とされ、世田谷区の二子玉川に設置されていた校舎の近くには、地方出身者向けの寮も併設されていた。
現在、速記者は議場をモニターで見ながら、タイピング入力で会議録の作成や編集に励んでいる。このように失われつつある職業でも、一部の専門家や需要が残っている場合もある。科学技術の進歩によって一部の職種が消滅する一方で、新しい分野やニーズが生まれてくる。