性差医学について。
人類社会は石器時代の古から凸凹の違いからも男と女の区別は歴然としており、それでないと、人類はこれほどに繁栄はしなかった。しかし、なぜ性差があるのか、今でもこれは謎だが、医学では何となく男女のそれぞれの凸凹の臓器を対象にし、男性ホルモンと女性ホルモン、あるいは性染色体の関係から論じられてきた。
人類社会が発展し、科学も進歩すると、それだけでは収まらなくなった。第二次世界大戦後は男女平等の機運が高まった。そのせいではないだろうが、ようやく1980年代から欧米で性差医学が始まり、わが国でも90年代から高齢医学、加齢医学、性差医学などが注目されるようになった。
その後病気の発症頻度や症状発現や薬物効果などに男女差のある問題が明らかにされた。女性には貧血、骨粗鬆症、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、シェーグレン症候群などの膠原病、甲状腺疾患、下垂体疾患、微小血管狭心症などの頻度が高く、男性では痛風、心筋梗塞、肝臓がん、尿路結石、慢性閉塞性肺疾患などが多い。
令和3(2021)年のわが国の男性の平均寿命は81.5歳、女性は87.6歳を示した。以前から男女間の6、7年の寿命の違いは性差によるとされてきたが、世界的にも女性のほうが長寿である。
この問題も大きな疑問で、単純には説明できないところがあるが、女性ホルモンのエストロゲンはコレステロールを下げる傾向があり、動脈硬化の進展を抑制すると説明される。脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の発症には男女間でほぼ10年の差があり、一般に男性は45歳から、女性は55歳から発症する。
死因を男女別にみると、男性の死因はがんの割合が高く、女性では心疾患と脳血管疾患などの動脈硬化性疾患が多い。また要介護状態になる基礎疾患は、男性では脳血管障害の頻度が最も高く、女性では脳血管障害、認知症、骨粗鬆症による骨折などが多い。
女性ホルモンの低下を来す閉経は骨粗鬆症や認知症の進行を加速させ、女性の健康寿命を短縮させる方向に大きく関わっている。そのため更年期障害に使われるホルモン補充療法(HRT)が応用される場合もある。性差の違いは介護期間の差にもつながり、要介護者の多くは女性が占め、介護保険利用者の70%以上が女性である。
薬物治療において薬効や副作用に男女差が現れることがある。実際には薬力学的および薬物動態学的な発現作用が組み合わさって性差として現われる。脂肪量、循環血液量、筋肉量、肺胞面積などが少なく、あるいは薬物の腎臓からの排泄速度が低い点などから、一般に女性で血中薬物濃度が高くなる傾向を認める。
性差よって薬効が異なる例として、糖尿病治療薬の塩酸ピオグリタゾン、睡眠薬のトリアゾラム、選択的セロトニン再取り込み阻害薬で抗うつ薬のSSRIなどは男性に比べて女性で強く出現する。また薬剤性肝障害やアレルギー性皮膚炎も女性に多い。様々な病気において、性ホルモンや免疫機能、あるいはセロトニンなどの受容体の性差が関与する課題が解明されつつある。