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宝くじ1億円当たってほしい

晴天。

気分の良い、晴れた日曜。県庁所在地にある、駅直結のカフェ&レストラン&バー(この名称の正誤は定かではない)で昼食をとる。

あまりにも天気が良いため、テラス席で食事をすることにした。すぐ近くの席では、年配の団体がBBQをしている。

オーダーしたメニューは、ローストポークの日替りランチと赤ワイン。ワインの銘柄は覚えていないが、ベリーっぽい酸味の効いたやつだ。

ローストポークは、ジブリ映画『千と千尋の神隠し』に出てくる謎肉の如く肉厚かつ艷やかであり、まるで西洋チャーシューといった風貌をしており、普通に美味い。文句は何ひとつ無い。

食事を済ませ、トレーなどを片付けていると、BBQ団体の一人である男性がスマートフォンでタイマー撮影を試みていた。…ははァ〜ン、そういうことね。

「撮りましょうか?」

声を掛けると、男性はすんなりと了承してくれた。団体全員で記念撮影がしたいようだ。彼のスマートフォンを預かり、角度を決める。

「何度か撮影しますよ」

全員の息が合ったタイミングで、シャッターボタンをタップする。1回・2回・3回…。でも、ここで終わらない。

「もう少し、撮ります」

高さを変えて、もう一度撮影する。楽しく飲み食いした後なのだから、良い表情を撮れたに違いない。各人が満足できる画かどうかは別として、私には、みんな良い顔をしているように見えた。

その後、「キレイに撮れてる?」「それなりに」という会話が聞こえた。やっぱり、女性は気になるよね〜。でも、テントの下だと、どうしても陰になるからな〜…など、いろいろ考えながら、その場を立ち去った。

真心を全力で発揮するならば、撮影後に「これで良いですか?」と確認するべきなのかもしれない。以前の私なら、そうしていたかもしれない。今回は、そうではなくて、自身が感じる合格ラインと満足感で終わらせることが正解だと思い、「記念写真撮影に協力した通りすがりの人」と化したわけだけれども、私はケチな人間なので、タダ働きをしたつもりはなくて、この身勝手な親切心が積もり積もって自分に返ってくるんじゃないかと期待している。

つまり、見返りを求めている。

話は変わるが、私は、ほぼ毎日のようにクリック募金をしている。『こどもの未来応援国民運動』というクリック募金だ。クリックするだけで、協賛・協力している企業等が数円を募金してくれる仕組みとなっている。

日頃の脳内メモリを解放するため、特に意味も意図もなく、思考活動を停止させ、クリック募金をしている。ギャン中がパチンコ台のハンドルを握るのと同じくらいの感覚だ。たまに、うっかり一日に何度もタップしてしまい、「すでに募金しました」と繰り返し表示されることもある。

こんな募金を続けていれば、積み重ねた徳がドカンと返ってきて、宝くじが1億円が当たるんじゃないかとか、競馬で百万馬券が当たるんじゃないかとか、卑しくも期待している。きっと当たると思う。何故なら、徳を積み重ねているからだ。

そう、通りすがりの人のためにシャッターボタンを押したり、見ず知らずの子どものためにクリック募金を続けていれば、必ず自分にラッキーが返ってくるはずなのだ。

だから、この記事を読んでいる人にも、徳を積んでほしい。できることがあれば、身近な誰かに手助けをしてあげてほしい。

きっと、あなたに返ってくるから。

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