背を向けて行く青学と、託されたバトン
6年間に渡って上演されたミュージカル『テニスの王子様』(以下:テニミュ)3rdシーズンを最後に託されて走り切り、「Dream Stream」で卒業した10代目青学。全国優勝を納得させられる力強さが印象的だった彼らが、最後に残して行ったものについて私なりに書きたい。
10代目青学は「全国大会 青学VS氷帝」で本公演デビューして「レディ・スタート・ダッシュ!」を最初に歌っている。緊迫感の強いライブ向きではなさそうな曲だが、「テニミュ大運動会2019」でも歌われていないので選ばれても不思議でないところ、ドリームストリームで歌われたのは「ガンガン・ドンドン」だった。
はじめて聞いた全人類を困惑させるであろう擬音で構成されたタイトルだが、歌い出しの歌詞も同じ言葉で構成されている。擬音の歌詞とキャラ毎の掛け声と共に前進して客席に向かってくる青学の力強いフリに圧倒され、観れば観るほど好きになる不思議な魅力がある曲だ。耳から離れない数々のキラーフレーズを生み出してきた作詞の三ツ矢雄二先生はやはり天才だと言うことを思い知らされる。
そして、今回この曲が歌われた大きな要因は歌詞のメッセージにあるのではないだろうか。
俺達に後ずさりほど
似合わないものはない
Go Forward
前進あるのみだ
上記は「Go Forward」を青学全員のハーモニー、残りを越前リョーマのソロという、強いメッセージを持って歌われる印象的なフレーズだ。これはまるで、テニミュを卒業して前に進んでいくキャスト、3rdシーズンを終えて4thシーズンを迎えようとするテニミュを表している象徴的なものに思える。
オリンピックに向かって盛り上がっていたはずの気運の停滞、開催できなかった「Dream Live 2020」(以下:ドリライ2020)、改善しない状況下での先行きの不安……あの頃に戻れたら、と思うことはいくらでもあるような今の世の中。そんな時にも歩みを止めないテニミュの、そして未来あるキャストの志は、ファンにも前を向く勇気を与えてくれるようだった。
青学は主役校で、特別な存在だ。
他校よりも長く(連続して)自分の人生の大切な時期をテニミュに捧げ続ける。だからこそ目を見張るような成長をして、全てのライバルに勝利して頂点に立つことを認められる。そして卒業する際には別れを惜しまれ、各代に卒業バラードが贈られる。
まさにテニミュを象徴する存在。あくまで私が感じたことではあるが、青学が歌う曲にテニミュからの象徴的なメッセージが込められているという考えは、そんなに外れているものではないと思う。
そんな前へ進む10代目青学に贈られた卒業バラードのタイトルは「THANK YOU & GOOD-BYE」。奇しくも……あるいは意図的なのか、3rdシーズンを走りはじめた8代目青学の卒業バラードである「未来へ」の最後のフレーズである「さよなら、ありがとう」が思い出されるタイトルとなっている。
歌われるのはテニプリよりはテニミュという舞台作品をイメージさせる内容で、稽古や本番という言葉が出てくる。お互いへのリスペクトや、ひとり立ちを意識する歌詞は、まさにこれから旅立とうとする10代目青学に相応しいものだ。
最も印象に残ったのは、最後のフリ。キラキラも光る照明を見上げるようにしてキャストが順番に背を向けていき、最後に越前リョーマが同じように背を向ける。
青学全員が背を向けるという構図は、9代目・10代目青学のティザービジュアルに使用されてきた。つまり、背を向けることは彼らの「はじまり」を意味している。しかし今回の彼らの「はじまり」はテニミュではない。10代目青学はテニミュを卒業して、未来へ羽ばたいていく。チームを離れて一人で進んでいく人生のはじまりだ。
3rdシーズン最後のドリライ2020を観たかった、アリーナに広がるペンライトの海をキャストに見せたかった、10代目に彼らが主役のドリライ2020をやらせてあげたかった。
そんな一生残るだろうファンの感傷と、大切に演じてきたキャラクターをTDCホールに置いて、彼らはひたすら前へ進んでいく。その前向きな力強さに、励まされない訳にはいかない。彼らの無限に広がる未来を祝福して、やがて出会う次代の青学を同じく愛したいと思わされた。
越前リョーマ役・阿久津仁愛さんは過去と未来を繋ぐバトンはファンに託すと、最後の挨拶で言ってくれた。貴重な青春時代を長くテニミュに捧げて越前リョーマを演じて来た彼にとって、ファンはテニミュを一緒につくりあげる存在だったのだろうか。だとしたら、とても嬉しいことだと思う。
新たな時の流れは絶えず押し寄せてくるので、4thシーズンもすぐそこまで来ているのだろう。きっと短い期間になるのだろうが、新たな青学に出会う日が来るまで託されたバトンをしっかり握っていたい。
10代目青学、ご卒業おめでとうございます。君達の未来がもっと輝いていますように。