前のめり議論で思ったこと
私は劇作家である鴻上尚史さんのファンです。
観劇して感動を覚えたのは鴻上さんの「グローブ・ジャングル」が初めてで、それ以来は公演があればなるべく足を運んでいます。観劇が趣味になったのもそれがきっかけです。今年転職して自分を見直そう、と決めたのも2018年の「ローリング・ソング」を観たからでした。それ以外の観劇した作品や過去の戯曲や著書にも、何度も励まされて来ました。
先日、鴻上さんが「(傾斜のキツい劇場や2、3階席以外で)前のめりで観劇するのは何故ダメなのか」とツイッターで疑問を投げかけて、観客側の議論を呼ぶという展開がありました。(元ツイートは鴻上さんがご自身の影響力を考えて削除された為、説明のみで失礼します)
このことを“炎上”と呼ぶのかはさておき、演劇を観る側の意見はアンケートでいくら書いても制作さんまでしか届かないことも多いはずなので、それがつくる側にも伝わったのはいいことだと思いました。特に、鴻上さんのような影響力のある方が議論の中心にいたのは大きいような気がしています。
今回、一番驚いたのはつくる側と観る側に思ったより大きな断絶があったことです。
傾斜がゆるやかめな1フロアしかない劇場でも前席・隣席の人が前傾姿勢になると観づらくなる座席は、私が知るだけでもひとつやふたつではない数あります。劇場によってはほんのひと席やふた席かも知れませんが、同じ金額を支払って観劇しているので良好な視界で観たいのは当然です。観る側が色々な席に座るからこそ知っていることではあるのですが、つくる側とそこまで認識に違いがあることが意外でした。
あとは、アナウンスがされている以上なんらかの事実が背景にはあるので、一方的に否定される側をつくる言い方はよくなかったのではないかな…とは私的に思います。
また、鴻上さんの発言の中には「注意喚起にポジティブなワードである“前のめり”が使われるのは日本語としておかしいから変えるべきだ」という二重の意味が含まれているので、より議論が混乱してしまった気がしています。
確かに「前のめりで観る」というのは「作品に熱中している」という意味にもなるので、作品への期待度が高まっている開演前のアナウンスとして相応しくないかも知れません。私も最初に聞いた時は「意図は分かるけど何だか変だな」とは思いました。
どこの制作だったかまでは記憶にないですが、「周りの方のご迷惑となりますので、シートに背中をピッタリとつけてご観劇ください」というアナウンスを劇場で聞いたことがあるので、それが最適のように思えます。
私は以前から鴻上さんの作品が大好きでたくさんの感動を頂いて来たので「鴻上さんでもご存知ないことはあるよね」と軽く捉えたのですが、このことで否定されたと感じた方々にとってそれほど近しい方でなかった場合、悪印象になってしまったかと思うと悲しいです。私も観る側である以上、否定されたと感じた方々の遣る瀬ない気持ちは察して余りあるのですが、みなさんが鴻上さんの作品から遠ざかってしまわないといいな…と願っています。
完全に余談ですが、私はシアタークリエの劇場案内が好きです。開演前に座高が高い方や身体の大きな方が前に座ると、すかさずスタッフさんが「クッションをお使いになられますか?」と声をかけてくださるので、おもてなしの心に感動します。
もうひとつ、傾斜がキツく視界を遮られ易い梅田芸術劇場の3階は特定の席に支配人の方からのお手紙が添えられた分厚いクッションが置かれているので、その丁寧さにも感銘を受けました。チケット価格と会場費のバランスを考えると全ての劇場にこれを求められないのは理解しているのですが、やはり最高の気遣いには心が満たされますね。