たそがれのいろ
黄昏。古くは「たそかれ」と謂い「たそかれどき(誰そ彼時)の略。夕暮れの薄ぼんやりとした暗さに顔の識別がつかず「誰そ彼(誰ですかあなたは)」と問いかける頃合いの意。対となる「かわたれどき(彼は誰時)」は夜明け前を表す。
逢魔時、あるいは大禍時。他界と現実を繋ぐ境目の時。
トワイライト、薄明。
明けは、黎明、払暁、暁、東雲、曙。
暮れは、薄暮、宵、マジックアワー。
その変化に富んだ日の出、日の入りの空の時間帯には多くの呼び名があります。
時計の針の進みは定量ですが、我々が知覚する変化はどれもこれもドラスティックです。あるいは劇的だからこそ、ようやくそのことに気がつくものなのかもしれません。
SANTARIホールカットシリーズもいよいよ3足目、折り返しです。
これまでの2足(5アイレット / 4アイレット)については、まずコンセプトありきで、それに合うアイレットデザインを選んできたのですが、残すところは6アイレットと3アイレットの2種です。ここからは完全に狙い撃ちで、それぞれのアイレットデザインにあったコンセプトを考えるようにしていきます。
今回は6アイレット。4種の中では一番フォーマル感が強いデザインですので、これはもう【ガチのドレスシューズ】というのをコンセプトに立てて、仕様の検討を始めました。
当初は、ベタではありますが、ボックスカーフの黒、ただし年に数枚しか国内に入らないという最高級のグレードの革で、究極のザ・ドレスシューズ・ホールカット、といった趣きで仕立ててもらおうかと考えておりました。
ただ、その最上級の革の調達をどうするのか、であったり、そもそも論として果たしてそれをこの靴でやる意義があるのか、ということもあって、今ひとつ煮え切らずにいました。
一方で、5アイレット・ホールカット作成時からの課題でもある紫色の革靴、というのがどうしても引っかかっておりまして、そこであらためて、紫色の革、というモノを探してみることに。
紫色の革自体は、当然の如くあるのですけれど、やはり色が難しい。紫色自体の難しさに加えて、革靴、こと紳士靴として装いやコーディネートに合わせられる紫色というのがなかなか見つからない。
ですが、そういった状況でも根気よく探せば見つかるものですね。ある日運良くおメガネに叶う色目の革を見つけることができたのです!
ただ、すわタンナーさんに問い合わせをしたところ、財布などの小物用として仕上げている革なので、靴に使うには釣り込みの負荷に耐えられないだろう、とのこと。ガックシです(涙)
以降半ば意地になって、来る日も来る日もInstagramやGoogleでそれこそ目を皿のようにして探していたところ、一見して黒のストレートチップなのですが、光の当たり具合や角度によって、ほのかに紫色を纏った革靴の写真をInstagramで発見。
さっそくpostされていた靴屋さんに事情を説明し革の銘柄をお尋ねしたしたところ、革自体はミュージアムカーフの黒、なのですが撮影機材のクセで赤色にブレているらしく、たまたま補正せずにアップロードしたため写真では紫がかって見えるけれど、現物はむしろややネイビーがかっているとのことでした。色味はやはり難しいですね(涙)
しかしながら転んでもタダでは起きないワタクシことたかはしでございます。じゃあ、その写真とおんなじようにすればイイんじゃね!?と閃いた次第。
どういうことかと申しますと、ズバリ黒のミュージアムカーフに紫色を後染めしてもらえば良い!ということ思い至ったのですね。たかはし天才じゃん!
そしてこの悪魔の閃きこと「いいこと考えた!」と同じタイミングで、日本における革靴の染色の第一人者、稀代のカラリストことFg-trente代表の藤澤宣彰さんが神戸大丸に来られるという情報に接しまして、(悪魔だけど)善は急げとばかりに、急いでコンタクトを取り、藤澤さんに会いに行ってまいりました。
ちなみにこれが2022年11月のこと。さすが革靴の神様に愛されたかはしですね(ハート)。なおこの時点では次のような展開が待ち受けているとはまったくの露とも知らず、でした(汗
そして迎えた当日、藤澤さんにお会いしてご挨拶もそこそこに早速思いついたミュージアムカーフの後染めの可否や、そもそもなぜそんなことを依頼するのかをお話しさせてもらったところ、藤澤さんからある衝撃の事実が告げられたのです。
「(SANTARIの中の人の)タテ君は(よく飲みに行く)後輩なんですよ」
ある意味このこと・このセリフが今回の靴の始まりのすべてだと言って間違いないです。というかいくら業界が狭いといったって出来過ぎてやしませんかねぇ(白目)
青天の霹靂、寝耳に水なこのセリフ、そのインパクトが凄すぎて、おかげで藤澤さんとの細かなやり取りがすっかり吹き飛んでしまっているのですが、要約しますと、
・後染めは出来るけど、結局は脱色するので初めから素上げに染色が望ましい。
・色についてはイメージを伝えてもらって、あとはスタッフのセンスにお任せしてほしい。
お話しをさせていただいて、舘さんと飲み先輩後輩のご関係というのは最上級に心強いうえ、特に「色は一任して欲しい」というのがイチバン刺さりまして、これはもうこのラインで決定だなと確信をいたしました。
といいますのは私、今回が初パティーヌ靴になります。実はいままでパティーヌについてはある種の禁じ手だとそもそも選択肢として避けてきました。
理由は、色の仕上がりが読めない(わからない)からです。
有り色の既存の革であれば、ロットによる色ブレがあったにしろ、工業製品である以上は、少なくとも現物を確認し得心の上で発注可能です。
しかしながら、後染め・パティーヌは一点もので、色のテストサンプルを上げてもらうにしても、最終的には現品が仕上がらないことには確認不可能。そしてここからが厄介なのが、後染めなので(革へのダメージを飲めば)理屈の上では際限なくやり直しができます。
某ミカさんが「白って200色あんねん」という名言をバラエティ史に残されておられますが、ぶっちゃけ色は無限にあんねん。ム・ゲ・ン。つまり下手打つと完全にエンドレスの事故案件になるのですわ、わ、わ。
かく申す私、革ではないのですが、その昔、糸偏業界に身を置いたこともありまして、というか染色ズバリだったのですが、色はほんと大変なんです。
これは金偏だろうが紙業だろうが印刷屋さんだろうが色のプロダクトに関わったことがあれば皆さん頷いていただけるかと思いますが、色の記憶や印象は心理的要素が大きく、ヒトの認識は超絶いい加減なくせに、アイボールセンサーはすこぶるシビアなのです。
どういうことかといいますと、同色別ロットをそれぞれ単体で見れば同じ色に思えても、並べて見てみると一目瞭然に違うのです。目ん玉は違いをハッキリと見出してしまうものなのです。
しかも染料は顔料と違って化学反応なのでなおタチが悪い。基材の成分に左右されることモロ請け合い、なのです。
そこにさらには光源による色の変化、そしてみんなダイスキ経年変化こと褪色が加わってくるわけですね。
なので、こんな色にしてくれと、その色を持ってこられてもその色にはならんのです。ズバリっつったって、ニアーにしかならんもんはならんのです。バーカ!バーカ!、、、はっ、いかんデジャブが。。。
そんなわけで兎角、色には魔物が棲んでいるのです。それ故につい魅入られてしまいますけれどね。
話を戻しますと、そういった理由で、藤澤さんが「(細けぇことはガタガタ言わずに)色は任せろ」と言い切ってくださったのには、とてもとても頼もしく感じ入った次第なのです。
そういう経緯で後日、舘さんにお願いして藤澤さんと話を詰めていただいて、SANTARIで製靴後、Fg-trenteでパティーヌという段取りで今回の靴は進めることにいたしました。
というわけで、Instagramで発見したこの世には存在しない色の靴をオマージュしたホールカット、というのが今回の目指すべき革靴となります。
それでは例によって例の個別の仕様解説をしていきたいと思います。
【パティーヌ】
まずは今回の6アイレット・ホールカットの最大の見せ場にして、靴としてのアイデンティティでもある、アッパーに施してもらうパティーヌカラーについてです。
オーダーした色は【紫色を纏った黒色】です。
暗所では黒色ですが、光が当たると紫のベールを纏う、そんな色目にしてほしい旨のお願いをいたしました。
色見本として2色あげていただいたうち、より変化量の多いほうの色をチョイス。
ちなみに具体的な色の参考としてあげさせていただいたのは、紫黒色・至極色・滅紫の3色。紫黒色をベースに光の加減によって至極色や滅紫に変化するような色を希望しました。イメージとしては薄い光だと星空、強い光があたると暁の空という感じでしょうか。
ただ、色の軸としては、黒色の靴か紫色の靴かと聞かれると黒色の靴、という按配加減です。あくまで、光の加減によって紫色が立ち現われるブラックドレスシューズ、となります。
なおアッパーに使用した革はアノネイのベガノです。生成りのいわゆる素ベガノですね。
【フィドルバック】
実はワタクシ、革靴好きにあるまじきことに、靴の底の造形や意匠に対する愛があんまりありません。決して頓着がない、というわけではないのですが、靴底については摩滅するし交換するしの消耗部材的な捉え方をしておりまして、ここにコストをかけることにいささか抵抗がございます。身も蓋もないことを言いますと、履くと見えないし、いずれは交換するし、みたいな。
なのに今回、平素の存念を翻してフィドルバックを奢りましたのはちゃんとした理由がありまして、前述の通り、今回の靴は、あくまでもブラックドレスシューズ、なのです。
なのですが、成形段階では、素ベガノです。能面みたいな革を製靴したうえで、そこから色付けしてもらうことになります。
いやいやそんなことは当たり前、当たり前っちゃー当たり前なのですが、ワタクシの思いとして、色付けされる前段階であっても今回の靴のキャラクターであるドレスシューズであることを、造形として確保し担保しておきたかったのです。
繰り返しになりますが、あくまでも目指すべき最終形態はバッキバキのドレスシューズなのです。そのためのフィドルバックであり(後述の)ピッチドヒールとなります。つまり、美しい料理を盛り付けるには美しい器が必要だから、です。
【ピッチドヒール】
前述のとおり、フィドルバックと合わせて、ヒールはピッチドヒールでお願いしました。
一見して何の変哲もない、むしろ、ドレスシューズと強調する割にはテーパーの緩やかなヒール、ぐらいなカンジになっております。
実はこの控えめなヒールのテーパーの按配、そして逆に(これまた後述します)太めのコバ・ウェルトの張り出し具合こそが、この靴の肝なのです。ここに、この靴のテーマすべてが裏打ちされている、と言っても過言ではありません。
この靴は、光源の具合によって、色が変化して見えるようなパティーヌをお願いしてあります。つまり色を変化させるには光源が変化する必要があるので、屋内だけでなく屋外も当然の如く、この靴のフィールドとしています。室内ではシックなブラックシューズ、屋外では気品ある紫色が香り立つ靴に変化するというのが密かな狙いなのです。
ですので、ドアtoドアのallオンtheカーペット用の靴ではないのです。ドレスシューズではありますが、華奢な風体の靴では困るのです。
舘さんにはこの靴の造形、特に各部のディティールは「エレガント」ではなく「ノーブル」、峻厳なイメージで仕立ててほしいとお願いしました。ホントちょー面倒くせぇヤツですね。毎度毎度すみません(白目)
【コバ・ウェルト】
色は黒です。黒のドレスシューズですので、フツーの黒です。
ただし、ドレスシューズにしては割と張り出しております。理由は前述のとおり、ここが細いとエレガントになってしまうからです。
このウェルトの張り出しから、フィドルバックとウエストの絞り込み、そしてグラマラスなカカトからのピッチドヒールへと流れるライン。見る角度によってボリューミーだったり、シェイプして見えたりと大きく印象が異なります。
いつもながら、こーゆーところのさじ加減・按配加減が素晴らしいですね!
◆ライニング
バリードさんところのジビエ鹿革のブラックを使用。
鹿革は、その柔軟性や耐久性、吸湿性の高さから、靴のライニング材としてとても適していると聞き及んでおりまして、いつかは絶対にやってみたかったので、満を持して今回採用してみました。
この鹿革ライニングの履き心地などはまた追ってレビューできればと思います。
なおヌメ革ではなく黒色なのは、染色時になるだけ余計な神経を使わずにすむようにと、そもそもブラックドレスシューズだし、真っ黒でいいや、みたいな。結果としてオールブラックな靴になりました。えへへ
あ、こちらも例によって毎度お馴染みのたかはし持ち込みです。
【ハトメ】
これも毎度お馴染みのいつものやつですね!
【ハーフラバー&トウスチール&カラス】
ピッチドヒールの項でも説明したとおり屋内外でバシバシ履く(予定の)靴ですのでハーフラバーにトウスチール入れてもらっています。
ハーフラバーですが、フィドルバックの三角形の造形との相性がすこぶる良いですね!美しいです。
フツーの靴底ですと、どうしても取って付けた感の拭えないハーフラバーですが、とても収まりが良い!
フィドルバックの中心の隆起と絞り込まれたウエスト、そして扇状の切り返し、見ていて惚れ惚れしますし、まったく見飽きませんね!これぞ絶景です!
舘さん曰く、フィドルバックは世間で思われている以上にムズカシイらしく、この靴の上がりの頃、何かにつけて二言目には「いやー今回(のフィドルバック)はかなり上手くいったんですよねー」と述べられておられました!
(藤澤さんもパティーヌ依頼時点で底面の作り込みにタテ君の頑張りを見た、とおっしゃっておられました。)
※ちなみに2023年10月末現在未だ地ベタに履き下ろせておりませぬ(白目
なおカラス仕様なのは、アッパー・ライニング、ラバーも黒ならここも黒でしょ、です。
【中底・木シャンク位置調整(スペリオール仕上げ)】
今回せっかくフィドルバックにしたんだから、靴の中もSANTARIでイチバンいいやつにしてやろうと、前から気になっていたスペリオール仕上げを奢ってみました。
「なんじゃこりゃスペリオール仕上げ!」
足入れしてみて、打っ魂消(ぶったまげ)ました。まず足裏から感じる中底の厚みが全然違う。そして足の収まりが良い。とても良い。おかげで足に変な力が入らないのです。別次元。
正直、これまでオーダーしたSANTARIの靴とはまったくの別物でした。あわわ
実はSANTARIホールカット&05ラストについては基本エントリーモデル仕様でして、中底はフツーのものだったのですね。スペリオール仕立てはビスポークで用いることが多いというイタリアのクロスタショルダー。
なお現在は新規オーダー分からエントリーモデルは廃止、レギュラーモデルに統一されていますので、標準でこの中底材となります。
またシャンク位置調整については、シャンク位置を最適化することで靴のねじれ剛性を高める効果を狙っているとお伺いしたので、このあたりはさらに履き込んで確かめてみたいと思います!たのしみ〜
【完成】
プレメンテは今回も毎度お馴染みのHARK KYOTO 寺島さんにお願いをしております。
HARKオリジナルの染料増し増しクリームをさらには革の色に合わせて調色したうえでケアしてくれ、また施工されるカウンターの光源は自然光により近いRa値の極めて高いLEDライトを使用されているなど、特に今回のような【色目】に強いこだわりをもった靴をお願いするにはHARKは最適確というもの。
そして今回は鏡面磨きを施してもらい、バキバキに追い込んでもらいました!
今回の6アイレットホールカット、一見してだと単なる黒靴なのですが、光の当たり具合や目が慣れてくると、紫色が香り立つ深くて複雑な色味にパティーヌされています。SANTARIのえげつないフォルムと相まって文字通り“シコウ(紫香/至高)のホールカット”となっております。
凝視しないとわからないぐらいほのかに香る紫黒色へパティーヌしたベガノ、履いたらわからなくなるフィドルバック、履かないとわからないスペリオール仕上げに鹿革ライニング、言わぬと判らぬヒールのテーパー加減とウェルトの張り出し具合、という正に至高の裏勝りホールカット。
いよいよ【こだわり】を超えて、【こじらせ】の領域に差し掛かってきたのではないかと、なかなかに感慨深いものがあります。
というのも、SANTARIのブランドコピーに【あなたらしさは、細部に光る。】とあります。
あらためて思うのです。わたしらしさは、細部にこそ宿るのではないだろうかと。
少なくともこの靴のキャラクターは、大小細々としたディティールの積み上げによってようやくカタチ作られています。
それはほんとうに細部に渡って手抜かりなく丁寧に仕立て、仕上げていただいて織りなされているものです。
また相も変わらず、というか以前にも増して、コンセプトはうるさいくせに指示はおまかせのお気持ち丸投げオーダーを受けていただき、いえ、受けるどころか、その意を十二分に汲み取っていただいて、靴というカタチに見事に昇華し具現化してくださる舘さんには、ただただ頭が下がるばかりです。ありがとうございます。
最後にワタクシ、サン=テグジュペリ、の作品が好きなのですが、『星の王子さま』の作者、と言えば判っていただけるでしょうか。
彼自身、飛行機乗りで、最終的には飛行機に乗って飛び立ったまま消息不明となったのですが、『夜間飛行』や『人間の土地』などの著作は、飛行士としての経験に基づいたものです。
飛行機乗りとして高度の空から見やった人間の土地はどのように映ったでしょうか?そして豆粒大ほどのそこに住まう人間たちはもはや同じ姿にしか見えなかったのでしょうか?
『星の王子さま』では【目に見えぬ美しさ】を説きます。
一瞥しただけでは黒の革靴にしか見えないこのホールカットですが、私には一輪の花であり、その色は金麦ばたけの色に思えるのです。
了