数寄ものホールカット
前回の「SANTARIとわたし」でもお伝えしておりましたとおり、オーダーしておりました次のSANTARIホールカットが出来上がってまいりました。ばんざい!!
この靴については能書きよりも、現物を見ていただくのイチバンだと思いますので、まずは写真を見ていただきましょう!どぉ〜ん!
ハイ、ジビエレザーである猪革を使ったホールカットでございます。
コンセプトは素材を生かしたワイルド&セクシー。今回はカジュアル用途を念頭に仕様は考えております。
猪革を使う発想それ自体は、猪革の丈夫さや通気性の良さについて聞き及んだからでして、実は某黒桟革よりずっと以前から、猪革で靴を誂えてみたいという思いを抱いておりました。ただ、どこでどうやったら作ってもらえるのか、ということが皆目見当がつかず長らく構想だけを温め続けることになります。
ところが今や、バリードさんがジビエレザーの製造・販売を展開されて、入手性が格段に向上し、菱沼乾さんやシロエノヨウスイさんなどなど有名どころがジビエレザーを用いた革靴を披露されたりで、大々的に先進作例ができたりと、一気にハードルが下がったように思います。
しかも今年のジャパンレザーアワード2022のフューチャーデザイン賞の受賞作品であるLIGHTBULBの靴もジビエレザーです。よめせんさん、野口さん、受賞おめでとうございます!!
さてさて、そんなカンジでちょっとしたブームのようななかで、決定打だったのが、私が偏愛してやまない我らがSANTARIが今後積極的に国産豚革を使う取り組みをしていくと表明されたからです。
というのも、通気性が良いとされる猪革で靴を作るなら、ライニングも猪革ないし豚革で作りたいと、ずっと考えていたからです。
ですので、実はこのホールカットは、猪 x 豚ホールカットでもあります。
そんなことで、いまこそ機は熟した、とばかりバーガンディーホールカットの完成を待たずに早々にオーダーをいたしておりました。
前回のバーガンディーホールカットのような屁理屈を積み上げて完成させた靴とは真逆の、猪革ありきの、ど・ストレートコンセプトですので、比較的容易かと思われたのですが、まぁ世の中そんなに甘くはないですよね。なにせ究極だの、至高だのを目指すと、漫画111冊以上になりますからね。
しかも例によって、今回もすこぶる「面倒くさい」オーダーをしておりますので、毎度のことながら舘さんにはご厄介になっております。げぼげぼ
それでは、各ポイントごとに見ていきたいと思います。
【猪革/甲革】
このホールカットの肝であり、ハイライトであり、すべてであります。始まりであり、終わりであるといっても過言ではありません。まさにアルファ・オメガです。
コンセプトをさらに深掘りしますと、単なる猪革ではなくて、ジビエレザーを用いる、ということで、生前傷・ナチュラルマークを活かす、もっと言えば、生前傷がカッコよく見えるように、ナチュラルマークが映えるように作ってほしい、と舘さんにはお願いしました。相変わらずの無茶振りです。
そもそも商品として、ちょっとでも傷などがあるとB品扱いとなる、ジャパン・マーケット&カスタマーでは、まず有り得ない、真逆のアプローチです。
実際あがりの靴を見て、これは量産既製品では絶対無理だ、と思いました。○リッカーズの飾り穴のアレとか、○ールデンのアレのはみ出しとか、そんな可愛らしい次元じゃないです。間違いなく一見さんお断りのヤツです。今回タイトルの【数寄ものホールカット】もそんなところの意味合いからつけております。
また、単純な見栄え、ということ以上に、傷を残す、ということは製品部材としての強度・耐久性に影響するのかどうかも勘案しないといけないはずなので、通常は傷を避ければよいはずの裁断作業が、真逆の上にさらに2重苦3重苦のミルフィーユ状態ですね(白目
なお、デザインとしてホールカットである大義もありまして、つまり、【傷が目立つにはキャンパスはデカい方がいい】に決まっているのです。まぁ大義があろうがなかろうが、ホールカットで製作するのは既定路線でありますが(がはは
ただ厄介なのはホールカットの型紙分をどう取るか、どう確保するのかということです。
猪革調達先のバリードさん曰く、生産されるジビエ猪革は最小個体30ds、最大で100ds超え、平均50〜60dsとのこと。
短靴1足分は平均個体であれば十分必要最低限は採れる数量なのですが、いかんせん、ホールカットは別名ワンピースの名称のとおり、1パーツで片足全部を抜かないといけないうえに、今回のテーマでは、強度上問題ある傷は避けつつ、しかしそれ以外の傷を活かすように裁断するという、二律背反な命題を成立させる必要があります。
当初は平均個体を2枚調達するかとも考えたのですが、あらかじめバリードさんに事情を説明して革を探してもらっていたところ、運良く良質の114dsの超大物を確保していただくことができましたので、両足1枚革から抜いてもらっています。ちなみに100ds越えは年間数頭レベルとのことでとても貴重で、かなり贅沢なお話です。
さらに後でバリードさんから教えていただいたのですが、【今回のコンセプトを踏まえた上で、傷ありの大判猪革が欲しい】というたかはしの珍オーダーのために、わざわざバリードさんご自身で獲ってきてくださった、擦り傷多数のかなりレアな革だとのことです。ホントありがとうございます。(またこの個体、野生猪と逃げた家畜豚の混合種である猪豚の可能性もあるかもとのことです)
色については、ご覧のとおりのナチュラル・生成りです。ナチュラルマークを生かすためには、やはりこの色でしょう。しかもここから経年変化して飴色に育っていく、なんてステキなんでしょうか。コレだけでご飯が何杯もいけますね。
履き下ろし前に、HARK KYOTOでプレメンテナンスをお願いしました。メンテ後、寺島さんに写真を撮ってもらっているのを、後ろから遠目に眺めていて気がついたのですが、この靴、近くで凝視してみるよりも、離れて観た方が断然、カッコいいです。色の諧調がとても豊かなんですよね。【素材】ナチュラル x 【色】ナチュラルの為せる技、かと思います。
それと舘さんのご配慮で、将来的に後染めという選択肢も考慮して、糸は染まり易いものにしてくださっています。さすがわかっていらっしゃいます!
なお、今回のこの靴の製作にあたっては、たかはしの革持ち込み扱いで、革に起因する不良は全てたかはしの責任、ということでお願いしております。
【4アイレット・デザイン】
SANTARIホールカットの中では、個人的に4アイレットモデルがイチバン秀美なデザインだと思っておりまして、SANTARIらしいホールカット、というとこの4アイレットになるのではないでしょうか。5、6アイレットモデルに比べて大きく開いた履き口が一際目をひきます。おかげで軽やかな印象ですね。
冒頭に述べたとおり、ワイルド&セクシーがコンセプトですので、迷わず4アイレットを選択しました。少し心配だったのが、他の3モデルに比べると若干華奢な印象もあるため、線が細くなり過ぎないか、というのがあったのですが、逆にアッパーが大味な厳ついジビエレザーなので、プラス・マイナスで中和されて、ちょうど上手くまとまったのではないかと思います。
靴単体だけで見るよりも履いてみると、履き口の広さに目を奪われますね。履いている様子には皆さん異口同音に「ローファーみたいですね」とおっしゃられます。
履いた感じも、やはり履き口が低く広いのでローファーに近い、感じがします。
【生成り/コバ・ウェルト】
コバ・ウェルトこそが革靴のキャラクターを決定づける最重要パーツであると、平素より主張して憚らないワタクシであります。
今回はアッパーの色が生成りということでベージュ系の薄い色目になることや、ナチュラルマークで取っ散らかる可能性もあったので、ここは「ご安全に」で、セオリー通りのトーンダウンをさせて、濃茶あたりで収まりをつけ締めにかかろうかとも考えました。
しかし、ここまでアッパーで好き放題やっておいて、いまさら日和るとかないでしょう、ということで今回もコバは攻めにいってもらって、ナチュラルの、ふのり仕上げにしてもらっています。
やはり、この革靴のコンセプトであり獲得目標である、傷を目立たせたい、際立たせたい、ということを踏まえると、アッパーの表情以外のところで余計なコントラストを生じさせたくなかったのです。
ただし、考えてもみてください、アッパーが生成りで、コバ・ウェルトも生成りの、しかもホールカットなんて仕様は、完全にパティーヌ前の靴です。
完成しても未完成、みたいなもので、ふつーは能面みたいな素っ気もない革靴になるはずですが、さすが表情豊かなジビエレザーですね。完成当初から、すでに妙な風格が漂っております。
【ハトメ】
前回に引き続き、第一ハトメのみを小さな表ハトメにしてもらっています。前のバーガンディーホールカットほどの深い意図はありませんが、ちょっとしたアクセントとしてとても気に入っている意匠です。
【豚革/ライニング】
今回の裏テーマであるもライニングですが、つま先からカカトまでぐるっと国産豚革で仕立ててもらっています。屈曲性や通気性から甲まわりを豚革にするのは珍しくはないのですが、紳士短靴で総豚革仕様というのはあまりないのではないでしょうか?
なお豚革ですが、色もかなり豊富な様子で、アッパーに使えるのであれば、たかはしのようなビミョーな色合いを望む方には福音になるかもしれませんね。
note記事の『黒桟革で靴を誂える』でも少し触れているのですが、ライニングの素材や使い方は、靴の履き心地に直結するファクターだと感じていて、もっともっとフォーカスされてもいいように思っています。
実際に履いてみましたが、コレは極上ですね。すっごく柔らかいです。履き下ろしに街歩きで約7000歩ほど歩きましたが、足にはほぼノーダメージでした。もちろんSANTARIは3足目で木型調整がバッチリである、ということもあるでしょうが、それにしてもストレスフリーな履き心地でした。この猪革+豚革ライニングでマッケイのローファーなどを仕立てると、サイコーに素晴らしいのではないかと思います。
また着用数回で、豚革の半敷はこの育ち具合、すでに飴色に輝いております。思うに生成り豚革 x フルグローブとか、育てると(というかあっという間に育つと思いますし)かなり面白いのではないでしょうか?
【ソール】
今回もSANTARIホールカット標準仕様のマッケイではなく、ハンドソーンで仕立ててもらっています。ハンドソーンのイメージの強いSANTARIですが、なかなかどうしてSANTARI製マッケイの履き心地も素晴らしく、ソールの返りが良く歩行時の足裏の接地感が良好なので、どうしようかと悩みました。
この靴の軽快なイメージからすると、マッケイでもよかった気もするのですが、仕上がってくると想像を上回るアッパーの貫禄から、ウェルテッド仕様でしっかりコバ・ウェルトの幅・厚みを出してもらっておいて正解だったように思います。
なお、カジュアル全振りですので、ガシガシ履いてやろうかと目論んでおりまして、この靴にはあらかじめハーフラバーを張ってもらっています。
ちなみに、恥ずかしながらワタクシ、何の疑念も抱かずにハーフラバーは黒色になるものだとばかり思い込んでおりましたので、私の中ではヒールのトップリフトのゴム層と合わせて、ソール下部に一線の黒いラインが入る「パトカー仕様」になるものと想像していたのですが、ベージュの同色で合わせていただいたことによって、靴全体としてとても綺麗にスッキリとまとまっています。
こういうディティールの辻褄の合わせ方っていうのは流石だなぁと思います。私のセンスのままココを黒でやっちゃうと「パトカー」だけにきっとうるさくなっていましたね。ウ〜ウ〜
【トウスチール】
トウスチール、付けてません。
付けてはいないのですが、実は結果として、イチバン面倒なことになった、というか面倒なことをお願いした部分なのです。
どういうことかというと、「真鍮製であるトウブラス」を付けたかったのですね。
アッパーはもちろんコバ・ウェルトも生成り色なため、スチール製の色目や質感だとどうしても浮いてしまうだろうというのがありました。
トウブラス自体は既製品として世の中に存在しておりまして、実際、私自身持っているホールカット1足はあるリペアショップでトウブラスを取り付けています。なかなか雰囲気があっていいんですよね。
なので、割と簡単に手に入るものだと勝手に思っていたのですが、ところがどっこい、これが手に入らなかったんですよねー(涙)
舘さんはもちろん、私の方でもツテを頼って色んな方にあたっていただいたのですが、一般市場には流通しておりませんでした。
たかはしの異常なこだわりに、見かねた舘さんからは真鍮板を切り出しましょうかとのご提案もあったのですが、さすがにそれは申し訳なさすぎるので辞退させていただき、最終的には、あるリペアショップで後付けすることを前提に、つま先の出し縫いは深め?に入れてもらっています。
ちなみに、一応、あるリペアショップには部材で売ってくれないかと交渉したのですが、いろいろとトウスチール事情を丁寧にお教えくださったうえで、実際のところ引き合いの問い合わせが多いそうなのですが皆さんお断りしているとのことでした。
ただ前述の同色ハーフラバーでの仕上がり・見栄えがあまりによいので、しばらくはトウブラスを付けずに様子を見ようかと今は考えています。
それと念の為申し添えておきますと、某トライアンフのはメッキのトウスチールですんでお間違いなく。
【完成】
今回も、というか、今回は、舘さん、Tate shoesの皆さん、だけでなく、バリードさん、他多くの人にご厄介になりながら、無事に完成することができました。この場をお借りして、というか私のnote上で恐縮ですが、厚く御礼申し上げる次第です。ありがとうございました。
この靴を手にして思い浮かんだのが【粗にして野だが卑にあらず】というフレーズです。(これは実業家・石田禮助氏が国鉄総裁に就任する際の国会初登院での自己紹介の一節です)
製甲あがりで一度写真を送ってもらって見ておりまして、その時点では今度こそは「ゆるふわ愛されホールカット」になってしまうのではないかと、ちょっと不安、ちょっと期待(笑)をしていたのですが、無事「きょうあくほーるかっと」として仕上がってまいりました(爆)
なんでしょう、
とても不思議な靴で、
真新しいのに、どこか小慣れている。
大味なのに、妙にスマート。
軽やかな色目なのに、なんか渋い。
相反する要素が、仲良く並んでいる。
そんな印象です。
きっと大らかな靴、なんだと思います。
完成した猪革ホールカットが届く前に、実はとても嬉しいことがありました。
それは、Craftsman channelの吉田さんから、たまたまSANTARIの浅草工房にいらしていたタイミングで、ちょうど仕上がっていた猪革ホールカットをご覧になられたようで、「めっちゃかっこ良かったです(笑顔)」と、わざわざDMをくださったことです。
吉田さんは、たかはしの屁理屈講釈はもちろん、猪革ホールカット製作の経緯もコンセプトもご存知ないでしょうから、ただ出来上がった靴をご覧になられて、感想を送ってくださったのだと思うのです。
私自身はまだその時点では完成品は見ておらず、また前作のバーガンディーホールカットに比べて、この猪革ホールカットはコンセプト偏重、頭デッカチなきらいがあって、畢竟わかってもらえるひとにしかわかってもらえない靴になるんだろうなぁっというのがありました。でもやっぱりわかってくれるひとがいた!しかもさっそく!ということでホッとしたと同時にとても嬉しかったです。
この猪革ホールカットは、【経年変化】ということを意識した作りになっています。ジビエレザーの持つ生前傷はもちろん、これから靴として使用していくことでの傷も付いてゆくことでしょう。そして生成りですから革由来の色の大きな変化も楽しめます。また色を入れる、革を染めるというのも選択肢としてあります。
最後に、この革靴を仕立てるにあたり、舘さんとの打ち合わせのなかでお伝えしたことを記して、筆を置きたいと思います。
「傷なしをデフォルトとする商品価値観へのアンチテーゼ、であったり、サスティナブルや、生命や自然の恵み、といった通り一遍の思想に浸ってニヤついていたのですが、そういった、人のご都合主義を一笑するかのように、表層の変容をモノともしない、マテリアル自体が持つ、存在することの力強さ、というのがあるのではないか。そして、我々はその、物質の悠久の変遷の束の間の形態を利用したり、愛玩している、ということなのではないかと思うのです。」
了