MIMMIのサーガあるいは年代記 ―32―
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第 三 章
(と、いうことにしておこう)
血まみれの桃子(5)
戦いの女神ー桃子
ゴンザレスとオフィーリアが走り寄り、倒れたロドリゴとホセの襟首をつかんで、それぞれ廃材の陰に引き釣り込みました。
「ホセは軽傷、ボディーアーマーで止まってる。ロドリゴは?……。大腿部盲貫、右腕上膊部盲貫。頭部に……ヘルメットで弾かれてる。脳震盪」と、彼女は外観から分かるだけの負傷程度を大声を張り上げて他の仲間に伝えました。
この爆発で彼女たちの聴覚がおかしくなってまいました。
ナナミンと入口付近のガルシアが、RPGの発射地点あたりをめくら撃ちしている銃声も遠くに聞こえます。
オフィーリアは、ロドリゴの太ももと上膊部に止血帯をすばやく巻き、鎮痛剤と抗生物質の注射を乱暴にしました。この弾雨の中では、弾片の摘出や縫合といった措置もできません。
ゴンザレスが、ロドリゴの意識がないのを確認して、大声で宣言した。
「オレ、ゴンザレスが代わりに指揮をとる!」
「待って! 桃子がとる。危なっかしくて見てられないわ」
工場の中央部に廃材で囲ったところから、悠然と歩いてきました。ヘルメットを斜めにかぶり、MP-8を吊り紐でつるし、ピストルグリップを握っています。ほつれ毛がヘルメットからはみ出していました。彼我のRPGの応酬で泥と埃が頬についていますが、ただただ蒼白な美しい貌に、唇の朱色が鮮やかでした。
ですが黒目がちの大きな瞳は冷たく沈んで、可愛らしい美貌を戦人の凄みに変えています。
ありふれた十六歳美少女ではなく、気紛れな戦いの女神、闘神のように見えた、とゴンザレスもエリカものちのちまで語ったということです。
ゴンザレスとオフィーリアが何か口にしようとする前に、桃子はMP-8で二人の足元を掃射し有無を言わせませんでした。
「黙って従いなさい」
オフィーリアはただオロオロして「お嬢さま、何てことを」と、口の中で呟くことしかできません。
「ナナミンもエリカも降りてきて! そこの配置は役にたたない」
銃弾は自分だけを自然と避けると信じているように、桃子は毅然としています。
「そのままで聴いて」
伏せている全員に、こう言い渡しました。
「白兵突撃しかない。各自銃一挺、予備弾倉一、破砕手榴弾二、発煙手榴弾二だけ。手順は、三分後にM320グレネードランチャーで発煙弾六発斉射、煙幕展張。距離は二十メートルから百メートルの間、敵前方。煙幕が拡がったら、前進。桃子の合図で手榴弾一斉投擲ののち、突撃」
彼女は、この攻撃要領が全員が聴いたのを確認して、付け加えました。
「陣形は横一列。弾倉が空になるまで乱射、すぐに撤収。引き際に手榴弾を各自投擲。指揮官桃子は陣頭にあり。以上。深入りをしないで。注意点は二つ、左右の仲間を見失しなわないようにすること。すぐに引き上げること」
「無謀すぎる。全滅する!」ガルシアが、大声で反対しました。
「この豪雨は、あと十分もすれば通り過ぎる。そうすれば視界が開けて、敵はかさにかかって平押しに攻撃するはず。大軍に兵法なしって昔から言うでしょ。ここにいるのは裸で立っているようなもの。総攻撃を受けて五分でこの半数は死ぬでしょう。……そのあとどうするの? 命乞いでもするの? 突撃で混乱させれば、敵も用心深くなるでしょう。時間はわたしたちの味方で、奴らの足枷なのよ」
彼女は、手の届くところに積み上げてあった破砕手榴弾を拾い上げました。
「この視界不良なら、敵の鼻先まで気づかれずに行ける。みんなが心配しているのは両翼包囲されることでしょう? でも心配なく。この丘のこのあたり崖は左右背後とも登れないわよ。濡れてて崩れる。草をつかんでもあっけなく抜ける。そんな土壌なのよ。地元のわたしが一番よく知ってる。突撃は成功する。さあ、みんな用意して。あと一分で開始」
彼女はオフィーリアに向き直り、静かに、やさしく、しかし銃声の中でもよく通る声で言いました。
「死ぬのは、だれでも一度は経験するものよ。初めてだけど怖がらなくてもいいのよ」 ヒロコーに引導を渡したときと同じ優しさでした。
(つづけます)
RPG 対戦車擲弾発射器