夏あざみの弔い(その3)#詩のようなもの
1
影をなくした日時計の周りで
鶺鴒が 斃れた兵士たちの 眼球をせわしなくつつきあい
腐臭と腐肉 蛆の塊と 赤土の泥と襤褸がとけあった 白骨街道
そうして曙光が 朝露を懐胎した桔梗を色づかせ 鶏頭花が中空をめざして競い合う
力尽きたわたしの 頸を切りおとした あの雑兵を
呪ってはいないし 地獄におとされたことも もはや愛しい……
2
つぎの曲がり角で 腰をおろそう 一息つこう
帯解で クマ蝉たちが背押す坂を 草いきれに酔い
死病をおして歩き続けた
木の間隠れする 濁った池も 背の痛みには 慰めにはならない
尼寺の山門は たぶん 見つからないだろう
険しい杣道を
黄色い砂埃にまみれて 金色堂をめざした炎暑は
いつのことだったか
ひたすら澄んだ冷水と 濃緑の陰を求めていたのだが
もう 水音は失せ あの荒れた道も 残ってはいない
三条大橋西詰の 擬宝珠のふもとでは
柿の実いろの 斜陽を溜めた
彼女が まぶしく佇んでいたのだが
「あたくしは本当に幸福で、
これ以上希うことなんかないんですもの」*
と口にしそうだったので
わたしは あえて 他人のふりをしていた
「過去の天気」**では 一日中雨降りだったが
この世界では だれも雨傘なんぞ 持っていない
3
わたしの躰に 血と希望が巡っていたころは
ティエラ・デル・フエゴのさらに南端 南極大陸を望む
色彩がない漁村からはじめて
奥州街道のはずれ タクラマカンの砂漠…… あらゆる處を彷徨したし
この湿った墓底に到ってからは ありったけの階層の地獄へ 引きずり回された
すでに 天上を除いて 識らぬ場所はないはずだった
いま この地平面に迷いこんでしまったが
流血も絶叫もないし 闇もなければ光もない
放浪する地図も空間も 歳月も 残されていない
また わたしを呪詛する者も 頌える歌もない
耳にするのは わたしの記憶と偽記憶ばかり
あの溺死したフィニキアの船乗りは
あかね雲のしたの見えぬ港に 向かったらしいが
あやつは たどり着いたのだろうか?
殷賑の港町は ほんとうにあったのか?
4
ここでは
片足を抜けば もう一方をとられる 碧い湿地のように
あたらしい無限だけを再生する
わたしは どこにもいないが どこにでもいる
昔と今は ひと撚りの麻糸でつながり
摩尼車のように カラカラと明るい無情の音をたてて よく廻りつづける
むしろ
わたしが封じ込められていた地獄の 責め苦が
肉体ばかりを苛んでいたのが やさしく
手向けられた夏薊が のろわしい
なのに 諸人(溺死したあの水夫も)は
どうして 希望をもとめて 永遠をもとめて
不死の仙薬を 探し続けるのだろうか
悲哀や悔恨しか 灰色の新芽をふかないというのに
(つづけます)
注)
* 三島由紀夫『仮面の告白』より
** 気象庁 https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/