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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー13ー

     甲午(きのえうま)弥生 ―桃子の野戦場―
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 記者会見当日になりました。
 朝早く彼女は秘密の裏門からエリカたち三人娘やヒロコーたちに囲まれてひっそりと、車で会場の地元地区体育館へ出発しました。正門の方では、マスコミ陣、野次馬、桃子ファンが取り囲こみ、さらにその周囲を桃子が予め招集していた桃子ファンクラブ親衛隊の数百人が包囲している混乱のさなかで、秘密の裏門にまでその騒ぎが聞こえてきていました。桃子ファンクラブ親衛隊が桃子への忠誠心が高くても、しょせんにわかに編成した寄せ集めにすぎないので、桃子は正門での騒ぎを盛り上げ、人々の注意をそちらに散らす目的で使ったのです。またこのうち何人が使い物になるか、という実地テストでもありました。

 彼らは正門付近に集まったマスコミと同じく多数の監視カメラで個人識別されているのです。こうして自分の困難や危険を顧みることなく桃子のために尽くし、かつ有用な人間を選んでいるのでした。選ばれた彼(彼女)らを、桃子ファンクラブ親衛隊の中核にするつもりです。桃子は16歳にしてなんと非情なことでしょう。

 地区体育館は警備会社の警備員と地元警察によって警備されていますが、自宅のように野次馬たちをコントロールできていません。この状態は桃子本人、プロジェクトスタッフにとっては織り込み済みで、あるべき姿の桃子を演出する舞台の一つでした。
 

 桃子の乗ったワゴン車は体育館の敷地に辿りつく前に、カメラ、ヴィデオやスマートホンを構えた人たちに取り囲まれて殆ど進めなくなってしまいました、この群衆を警備会社の警備員らが整理し、ようやく公民館の玄関に辿りつくのにほぼ1時間がかかりました。
 ワゴン車から玄関までは、ロープをもった警備員が人垣を連ねて有象無象の群衆を整理し、玄関脇には「報道陣」と看板が上がったブースが設けられて、高さを競う脚立が林立し、眩しい照明が耀いています。

 窓にスモークを貼って車内が見えないワゴンの中では、舞台演出家が本職のプロジェクトリーダーが、
「用意はいいですか? 想定質問は全部覚えていますよね。いよいよ本番ですよ」と桃子に念を押しました。
「いつでもOK、余裕よ。わたしは生まれつきの女優なの」と、桃子は最後のメークを直してもらいながら答えました。
「良い具合に、泣きはらしたように充血した眼になったわ」と言って桃子は、さまざまな表情を作って最終確認をします。
「では、スタート!」

 こう告げられると桃子は毅然とした硬い表情に変わりました。
 スライドドアが引き開けられ、冷たい水に恐る恐る足を浸すようにして桃子が一歩踏み出します。
 

 これからひっかけ質問が弾雨のように飛び交い、まわりくどい問いかけに地雷原やブービー・トラップが仕掛けられている、言論の野戦場へ素肌のまま踏み込むのです。
 時は元禄十五年師走十四日寅の刻。ところは本所松坂町吉良上野介邸。デデン、デンデンと鳴り響く山鹿流陣太鼓が……ではない! キーボードが滑ってしまいました。時は西暦2036年旧暦弥生月、ところは大和平野の一角、花冷えのする曇った朝でした。
(つづく)